26人が本棚に入れています
本棚に追加
夜も深まり、外灯もないこの国で帰途につくには月明かりが唯一の頼りだった。
アスファルトで舗装されている訳でもなく、剥き出しの土が押し固められているだけ。それも馬車が通る道だけで、人が歩くだけの場所はでこぼことしたもので、都会人だった彼には難儀なものだった。
辿り着いたのは一軒の家屋。立ち並ぶ家々と変わらない、ただの家。明かりは消えており、一帯は静まり返っている。
龍瑯は感慨深げにその家を眺めると、ほくそ笑んだ。そうして用が住んだのか、先程のでこぼこ道へと戻っていった。
とことこ歩いていると、明かりが灯る場所がある。騎士の詰め所だ。マモンが言うには、ここに転生者の騎士がいるらしい。能力までは分からないが、コイツも転生したばかりだとか。
ぽっかりと開いた入口に慌てたふりをして飛び込むと、わざとらしく息を切らしながら、肩を上下させる。
「た、助けてください」
「どうしました!?」
どうやら騎士は一人らしい。そして、彼の能力は、龍瑯が今一番欲しい能力だった。最高に好都合な状況と完璧な能力に飛び上がりそうな程の喜びを抑えながら、演技を続ける。
「山の麓で乱暴されてる女性がいたんです。一人ではどうにもできなくて」
「分かりました。案内してください!」
頑丈そうな甲冑を身に纏う若い騎士は、険しい顔で立ち上がった。
龍瑯は街外れの山の麓まで走った。街外れといってもそこまで距離はない。そもそもここは田舎で、農業や林業の為に山の近くに街ができている。
辿り着いた麓には月明かりも届かない。木々が僅かな明かりすらも遮り、犯罪者にはうってつけの場所にだ。
「どこです?」
「さっきはあの辺りにいたんですけど、ちょっと探してみます。騎士さんはあの辺りを」
「待って、一人では危険です一緒に行動しましょう」
「いいえ、それでは女性が危ない。何かあれば叫びますから二手に別れましょう」
「……分かりました。何かあれば必ず大声で呼んでください」
龍瑯は頷くと探す素振りを見せ、少しすると騎士の様子を窺った。だが、この暗さでは何も見えない。さっきまではぼんやりと輪郭だけが見えていたが、どうやら視覚では頼りにならない。
腰を落として地面の辺りに手を伸ばし、石や頑丈そうな木が無いかと探してみる。コツン、右手に当たった手の平サイズのひんやりとした塊と小さな塊達。小石は適当にポケットに収め大きめの石はグッと握りしめた。鎧と鞘がぶつかる音を頼りにこっそりと近づいていく。
自分も木にぶつからないように左手を伸ばしながら、音のする方へと近づいていく。
騎士もこの暗さでは走れないようで、ゆっくりと歩きながら、辺りの様子を窺っている。すぐ傍、どうにか騎士の輪郭がうっすら見える距離まで近づいた龍瑯は、しゃがみながら距離を詰めていく。
「誰だ」
そこでピタリと止まった。慎重に、音を消しながら進んでいたはず。
「近くにいるな。私は騎士だ。関係のない人を巻き込みたくはない。返事をしてくれ」
ジャキン。剣を鞘から抜いたようだ。
「このまま斬る事になるぞ」
騎士は迷いなくこちらに真っ直ぐに歩いてくる。視認した訳では無く、どうやら音でバレたらしい。龍瑯はゆっくりとポケットに手を伸ばすと、小石を掴んだ。じっくりと近付いてくるのを待つ。剣が届かない距離で、なおかつこちらが即座に飛び掛かれる距離になるまで、息を殺し待つ。
「いいんだな!?斬るぞ」
一歩足を踏み出した瞬間、騎士を超えて放物線を描く様に小石達を放り投げた。
ガサガサガサ。
騎士は後方で下木をする音が聞こえ、思わず体をそちらへと向けた。
龍瑯は大きく息を吸うと、呼吸を止める。両手で石を持ち、ダンクシュートを決めるように、騎士の後頭部を思い切り殴りつけた。
ゴスッと鈍い音がすると、騎士は前のめりになりよろけ、地面に膝をついた。このまま倒れてくれと思ったが、願い叶わずすぐさまこちらへと剣を向けてきた。
だが、ダメージは深刻なようで、立っているだけなのに、かなりぐらついている。左へ右へ、前へ後ろへ。だが、相対するこの状況、剣が邪魔で飛び込めない。
「くそっ、見えたぞ!卑怯者!」
このまま正面切ってやり合うのは危険すぎる。かと言って、逃げれば顔が割れている俺は疑われるだろう。ここで殺りきるしかない。そこで龍瑯は大勝負に出ることにした。
「騎士さん、俺です。詰め所に呼びに行ったでしょう」
「くっ、お前、襲われている女性の話は嘘か」
「いや本当ですよ。俺の仲間が楽しんでるんじゃないかな」
「一体何の為にこんな事を」
「それはもちろん、アンタらが嫌いだからだよ。今だ!殺せ!」
騎士は今度こそ躊躇うことなく、後方へと横薙ぎに剣を振り払った。だが、そこにはちょうど木があった。抜けなくなった剣を両手で掴み必死に動かすが、深く刺さってしまい抜けない。
龍瑯は剣を動かしたその時に走り出しており、騎士が焦っている時には両手を振り上げていた。
「あぶねーあぶねー。振り返ってくれるだけで良かったんだけどな。ラッキー」
騎士の亡骸の横へ石を投げ捨てると、しゃがみ込み冷たい胸へと手を当てた。
『強奪、相続』
初めて能力を使ってみたが、何か感じられるものではないらしい。想像していたのは手元が光ったり、体に何かしらの痛みが走ったりだったのだから、少し拍子抜けしたようだ。
傲慢の能力は簡単に言えば能力を解析する能力。転生者は自分の能力を自覚せず、普通に過ごす事が多い。その中であってこの能力は破格と言えるだろう。その能力で今相続したばかりの新しい能力を解析する。
「ハハハ、マジでついてる。いやーあんがとな」
ポンポンと甲冑を叩くと、立ち上がり、慎重に麓を抜けて行った。
最初のコメントを投稿しよう!