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男はある家の前に立っていた。彼はこの辺りの担当騎士である。だが、今は甲冑ではなく農民が着る一般的な服装で佇んでいる。
彼はギイッと扉を開いた。田舎町では、鍵を閉めないのが普通だ。近くには民家もあるし、叫び声を上げれば誰かが飛んできてくれる。それに、ここに住む皆が顔見知りなのだ。閉める必要が無い。
どこの家もだいたい同じ造りで、調理場とテーブルが置かれた団欒の部屋と、両親が寝る部屋、そして子供部屋、もしくは物置である。奥へと進み、静かに戸を押してみる。
そこにはベッドで眠る小さな子どもがいた。5歳ぐらいの女の子である。男は顔を顰め、隣の部屋の戸を押す。そして、下卑た笑みを浮かべた。
ゆっくりと中へ入ると、静かにベッドの側へと移動する。そこに眠るのは一人の女性。今日、夫を亡くしたばかりの未亡人。
男は慣れた手つきで女性の口元を手で覆い、ベッドへと乗り移る。当然、強い圧迫とベッドの揺れで目を覚ました女性。その上に膝立ちで跨がり、唇に人差し指を当ててみせた。だが、混乱した女性は腕を振り回し、体を仰け反らせ、暴れた。だが、ある一言で大人しく従順になる。
「娘さんが起きますよ」
ピタリと固まった女性の上で、穏やかに笑う男。口元を覆う手を離してあげると、もう一度シーッと念押しする。女性は涙を流し、何度も頷く。
薄いシーツを剥がし再び跨ると、男は腰紐を緩めた。
「久しぶりだー。3ヶ月ぶりぐらいかな」
男は喜々とした表情で語る。隣で眠る小さな子供を起こさないように囁くような声で。
ギシギシとベットが揺れる度にポロポロと涙が頬を伝い、男の顔は綻ぶ。
「大丈夫。あと一回で終わるから」
女性の顔に表情は無い。焦点の合わない目で虚空を見つめ、考えているのは娘の事だけ。男はこの表情を知っていた。何度も同じ顔を見てきた。そして、この感覚を求めていた。
ギシギシと再び揺れるベッドで、ボーッと宙を見つめる女性は彼の視線がどこに向いているかなど気にも留めていなかった。いや、気にしたくなかった。
スッと首筋に添えられた大きな手に気づき、ハッとした表情を浮かべるが遅い。
ギシギシ、ギチギチ、ギチギチ。
「はあ、はあ。堪んねえ、やっぱりいいな」
男はベッドの上で腰紐を締め直すと、ゆっくりと家を後にした。その顔は、騎士でも無い、誰も見た事が無い、見知らぬ男だった。
翌朝、その家の周りには騎士が集まっていた。
ベッドには白目を剥いて口から泡を吹いている女性。肌も露わになっており、その首元には大きな手の跡がくっきりと残っている死体があったのだ。
子供が泣きながら訪ねて来たという女性が、騎士の詰め所に駆け込み発覚した事件。
「こんにちは。ちょっとよろしいですか?」
「んああ、アンタ見ない顔だね」
「ええ、王都からの応援です。昨日の事件ご存知ですか?」
「そりゃもちろん。可哀想にね」
「全くです。それで、誰か怪しい人を見かけませんでしたか?」
「怪しい人ねー。全く思い浮かばないよ」
「例えばこの辺では見ない顔がいたとかです」
「アンタ以外にかい?んー、あ!そういやいたね」
「ほう?」
「明け方にオーランドの市街地に向かってる男がいたよ。一人で街道を歩いてたから、変だなと思ったけど、そいつなのか?」
「どうでしょうか。可能性はありますね。詳しく聞いてもいいですか?」
「ああもちろん」
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