百年に一度だけの奇跡

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 私の寺の仏教宗派であるが、鎌倉時代に塵芥のように生まれた宗派の一つで、戒律は小乗仏教並に厳しい。嘘は盲語とされ、決して吐くことが許されない。嘘も方便と言う逃げ道すらも封じられている。それに加え毎日が禁欲の日々だ。ただ、先述の通り血縁の「解禁」と言う名の住職が秘仏の解禁を行うことから、私は妻も娶り子も儲けている。禁欲の中から「色欲」だけが解禁されていると理解して頂ければありがたい。それ以外は肉も魚も卵も食べられず、日々の食事は精進料理のみ。野菜も五葷(ごしん)(ニンニク、ニラ、ラッキョウ、タマネギ、アサツキ)が食べられない。お菓子も檀家の和菓子屋が納める和菓子のみ、駄菓子やコンビニスイーツの味は知らない。テレビもNHKのニュースと教育番組のみ。アニメや漫画もゲームも許されない。剃髪は幼稚園に入ってからずっとで、髪の毛とは縁がない。と、言えば厳しさの徹底ぶりが分かっていただけるだろう。 秘仏の解禁を担う「住職・解禁」は禁欲によって清らける身でなければならないとされていると決められているのだ。 禁欲の日々であるが、子供の頃こそ苦痛の極みではあるのだが、大人になり慣れてくると苦痛を感じなくなり、これが普通であると思えるようになってしまった。  息子には「山田陽太」と名を付けているが、いつかは「解禁」と法名に改めて貰わなければならない。息子とはこの件で何度も喧嘩になっている、私もそうだったのだが普通に学校に通わせているために禁欲とは無縁に普通に生きる友人達を羨ましがっており「ぼくは解禁なんかになりたくない!」と毎日のように言うようになっていた。私も同じ道を辿っている故に父とは何度も何度も喧嘩になった。その度に父は言った「秘仏を守るこの寺に生まれた定めをわかれ!」と。私も息子にそれを言っている、祖父も父に同じことを言っていたらしい。そして「どうして秘仏を守らなければいけないの?」と言い返されたとしても「昔から決まっていることだから」としか曖昧な答えでしか返すことが出来ない。なぜなら私も「秘仏を守る理由」がよく分かっていないからだ。 言っている本人(ちち)も分かっていない言葉で子の説得が出来るはずもない。現に私が同じ質問をした時は、父は困りに困り果てて、私を丸裸にしての尻の百叩きで強引に納得させられたものだった…… こうして羞恥心と自尊心を打ち砕かれた私は父の言う曖昧な答えを受け入れ、自分も秘仏を守る「解禁」になることを受け入れざるを得ない使命を体と心の傷と言う形で刻まれてしまったのである。 歴代の解禁はこのように承服させられていたのだろう。 暴力による躾が効果覿面なのは世俗を見ていればよく分かることだ。 私も同じ手を使い息子を承服させようと頭の中に過ったのだが、思い留まった。息子が可愛いのが一番の理由であるが、私の経験からくるものもある。かつて丸裸で尻を叩かれ火が点いたように泣く私を見た母が「もう、この寺にはついていけません」と言い、私を連れて離婚したのだが、後の「解禁」になる私だけは強引に連れ戻されてしまった。 母もこの寺の決まりを分かって父と結婚したのだが、決まりは母の理解の範疇を超えており耐えられなくなったのだ…… 離婚訴訟も「信仰の自由」が争点となった泥沼状態の末に、私の親権も取られてしまった。 私には母を責めることは出来ない。
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