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秘仏の解禁は百年に一度の「一日」のみ。日付が変わった天辺(0時)に厨子を開け、百年分の秘仏に付着いた埃をお清めすることから始まる。
お清めが終わった後は、住職である私を筆頭に寺一同で来迎の経を唱え秘仏の「世俗への降臨」の感謝を行う。その感謝の儀は日が昇るまで続けられる。そして、朝の十時を迎える頃に本堂を開け、参拝客に向けて秘仏の解禁を行うのだ。その公開は天辺の直前(その日の23時59分)まで続き、大晦日よりも多くの参拝客が訪れるとされている、特に今年は大々的にテレビで報道され、インターネットでも話題になっていることから、前代未聞空前絶後の参拝客が訪れると見込まれる。
天辺(翌日0時)に私が厨子が閉じた後、秘仏は再び百年間の眠りに就くのである。
そして迎えた運命の日、私は本堂に向かうことにした。寺の境内にはいち早く秘仏を見ようという参拝客が立錐の余地もない程に集まっていた。
私の寺は山寺で、三百段近くの石段を昇らなければいけないのだが、その三百段近くの階段全てが黒山の人集りなのである。その下の参道や、近辺道路までもが黒山だ。灰色の石段やアスファルトが一切見えず、黒が十分で、灰が零分なのである。地方のイベントでテレビに出るアイドルを一目見る為に人が集まると言う次元ではない、百年に一度しか顕現しない神の偶像を一目見るともなればここまでの人が集まるものか…… 私は凄いものを解禁する役目を任されたものだと緊張が最高潮に達し、体が震えるのであった。
私が本堂に入った瞬間、寺に所属する僧侶達が一斉に私に向かって礼を行った。僧侶の波を掻き分けた先にあるものは秘仏のおわす厨子。畳を歩く私の足は足袋に汗がじわりと浮かび始めていた。百年に一度の秘仏解禁を行うのだ、このぐらいの緊張はしよう。
厨子であるが、観音開きの扉に「封印」の札を貼ることによって閉じられている。封印の札も百年間貼られたままで経年劣化が酷くボロボロであった。それでも剥がれなかったのは当時の糊の主流であった「米糊」と、厨子に使われた木が同化したかのように固まったお陰だろう。
すると、時計を持った僧侶が私に向かって叫んだ。
「解禁、五分前です!」
祖父も、父も、秘仏の姿を見ることが叶わずに天へと召されてしまった。その役目は私へと引き継がれた。感慨深くそんなことを考えていると、側に付いていた僧侶が私に小刀を差し出してきた。私は小刀を手に取り、夜空に輝く銀の三日月を思わせる冷たい刃をじっと眺めた。
そして、僧侶が「秒読み」を刻み始めた。
「解禁、三十秒前です」
私は厨子の扉の中央にスゥーっと小刀をなぞった。
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