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ざくっ……
本堂は封印の札が切れる小さな音が聞こえるぐらいにまで静寂に包まれていた。私は小刀を僧侶に渡し、厨子の扉の持ち手を握った。後は軽く引くだけで百年の眠りが解かれてしまう。
私は緊張の坩堝へ突入した。手が震える…… 本堂の僧侶達は皆、それを固唾を呑んで見守る。
「解禁、五秒前。四、三、二、一…… 解禁、お願いします」
私は厨子の扉を開けた。鼻孔に百年分の埃と黴が飛び込んできたのか、激しい不快感が襲いかかってきた。
しかし、その不快感も瞬時に吹き飛ぶ程の光景が私の眼前に広がっていた。
伽藍堂
厨子の中は空っぽであった。
これは一体どういったことだろうか。私は目を凝らして何度も何度も厨子の中を見回した。本堂を照らす内陣用照明ライトの淡い光に厨子の中が照らされるが、舞い踊る埃しか見えない。中におわす筈の秘仏がお見えにならないのである。幼稚園の頃に読んだ童話の裸の王様形式で馬鹿には見えない秘仏なのだろうか、それとも私が不信心故に秘仏がお姿をお隠しになられたのだろうか…… 私は不安に思いながら厨子の中に手を入れて漁ってみたのだが、手は空を切るばかり、厨子の内側の壁面にこびりついた埃や黴で手が汚れるだけであった。
「な、ないぞ…… 本尊様がお見えにならないぞ!」
私がこう言うと同時に、本堂に集まっていた僧侶達が一斉に厨子の前に集まり、中の確認にかかった。皆「ない」「空っぽだ」「伽藍堂じゃないか」などと言うところ、私だけが見えないのではなく、本当に存在しないと言うことになる。
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