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本堂は一気に大恐慌の様相へと変わった。私の役目は師走以上に走り回り叫び回りの僧侶達を落ち着かせることにあるが、それすらも出来なくなる程に私は呆然とし、動けなくなってしまった。そんな私に広報担当(部下の僧侶)が声をかけてきた。
「ど、どうするんですか…… これでは秘仏の解禁どころではありませんよ!」
「一体、どうなっているのだ……」
「こちらが聞きたいぐらいですよ! もう参拝客は外に集まってるんですよ! そ、そうだ! 倉庫に安置してある適当な仏像を秘仏と言うことにしましょう! 百年の間、誰も見たことがないんです! これで誤魔化しましょう!」
広報担当の言う通りにすれば姑息的に誤魔化すことは出来る。百年後ともなれば、もう私には関係ないし、息子も長生きをしない限りは関係のないこと、恐らくは高齢と化したまだ見ぬ孫か、曾孫に「解禁」の役目を任せることになるだろう。
そう、私には関係のないことだ…… だが、これでいいのだろうか? 姑息的と言っても百年と考えれば、随分と長い一時凌ぎだ。だが、その百年の間に「住職・解禁」となった私の子々孫々達はどうなる? 辛い禁欲の日々を過ごすことに変わりはない。
厨子の中に何もないならば、仕方ない。私はこの事実を「解禁」することにした。
「本堂を開けなさい。参拝に来て下さった皆様に正直に言います」
「しかし、これでは檀家の方に申し訳が立ちません……」
私の寺の檀家であるが、秘仏があるからこそ檀家を続けている。それこそ、数百年単位で檀家を続けている家もあるぐらいだ。その秘仏が無いと分かれば、檀家を続けるだろうか?
恐らくは檀家をやめるだろう。寺としては寺院収入の問題に直結するために避けたいところである。しかし、秘仏が無い以上は「詐欺」で檀家を続けさせているようなものだ。
こうなった以上は仕方ない。私は腹を決めた。
「ならせめて『盗まれた』と言うことにしましょう。これならば仕方ないとして同情を買うことも出来ます」と、広報担当は提案を行った。
広報担当の提案も尤もだ。しかし、私は厳しい戒律を守ってきた、住職・解禁だ。嘘は許されない。
「盲語は許されません。さあ、本堂の扉を開けるのです」
僧侶達が本堂の扉を開けた。本来ならばまだ来迎の経を唱えている筈なのに、どうして扉が開かれたのだろうか。参拝客達が疑問に思いながら本堂に雪崩こむように入ってきた。その中には生中継を行うテレビ局の取材クルーがいた。これは丁度いい、私は彼らを呼び寄せた。
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