百年に一度だけの奇跡

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「あの、どういった番組ですかな?」 「深夜のニュースですけど」 「ちょっとした会見を行ってもよろしいでしょうか」 アナウンサーは疑問に思いながら電話をかけた。おそらくはテレビ局のお偉方に時間の有無を尋ねるのだろう。電話は数秒程で終わった。 「大丈夫です。百年に一度の秘仏の解禁と言うことで時間は取っています」 私は先頭に並んでいた参拝者集団とテレビ局のクルーを整列させた。本堂の外にて待つ人集りも予想より早い入場にざわめきだした。このざわめきを今から失望に変えると思うと、気が重くなる…… 私は本堂の皆を厨子の前へと案内した。厨子は私が開いて以降、解放済。参拝客の皆は「あれ? もう開いてる?」と言った疑問を呈す顔をしながら一斉にスマートフォンのカメラを向けた。 この後の反応は言うまでもなく、皆私と同じだった。伽藍堂の厨子の中を見て呆然とするばかりである。 場の雰囲気が何とも言えない空気になる。私は厨子の横に立ち、重い口を開いた。 「我が寺の秘仏は…… ありません。どうしてかはわかりませんが、厨子の中は(から)でした。申し訳御座いません」 私は皆に向かって頭を下げた。百年に一度、解禁される秘仏は存在しなかった。その事実は科学の力によって瞬く間に今日集まっていた参拝客、いや、日本全国に伝わった。 先頭の男が私に罵声を飛ばした、大口の檀家である。 「秘仏があるから、先代…… いや、先先代から檀家でいたんだぞ! それがないとはどういうことだ! クソ坊主! ずっと騙していたのか!」 申し訳ないとしか言いようがない。私は頭を下げ続けることしか出来なかった。怒りが止むことはなく、見切りを付けられた。 「もう檀家をやめさせてもらう! 住職! アンタの寺とウチは長い付き合いだったがもうこれまでだ! 墓終いもさせてもらう!」 その後、私は寺を廃業することにした。今回の件で九割の檀家がやめたことが大きな原因である。私の寺も「存在しない秘仏で檀家を繋ぎ止めていていた詐欺寺」とテレビやインターネットで連日叩かれている。所属していた僧侶達も逃げるように私の寺から去っていった…… 空っぽの厨子を守護していた仏像群も「役目を失った」として、他の寺にお移り(お譲り)になられたり、博物館に寄贈するなどして散り散りになった。 今の私であるが、住職でなくなったことから禁欲の日々を捨て、サラリーマンに転職して普通の日々を過ごしている。法名の「解禁」も捨て、本名の「山田三郎」へと戻り、普通の生活が「解禁」されたのである。妻も息子も禁欲生活から脱することが出来て毎日が楽しい様子で何よりである。 もう「住職・解禁」が生まれることはない。                        おわり
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