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初回対面の日取りと待ち合わせ場所は第1希望ですんなりと決まった。決まってから、当日の目印としていつも使っているモスグリーンのボディバッグとその詳細な特徴をポータルサイトに登録して、相手方の目印が手のひらサイズくらいのオレンジのくまのぬいぐるみのキーホルダーであることを確認する。メールには待ち合わせ場所に現れずドタキャンされる場合もあるらしく、実際に会って、相手方が持つキーをポータルサイトに入力しないといけないのだという説明も一緒に書かれていて、面倒くさいな、と正直に思いながら、今。 俺は駅前公園のベンチで相手を待っていた。 交流創生制度は性別を考慮しない。現代は男同士、女同士のカップルもありふれていて、結婚もできるし、希望すれば養子も取れるからだ。ただ、確かに性指向としての異性愛者が多いのは事実なので、交流創生制度で選ばれる相手も異性の方が優先される。条件次第では同性が選ばれることもあるそうで、たまにソーシャルネットワーキングサービスなんかで「自分の相手が同性だったんだけどどうすれば!?」みたいな話も見るので、全くないとは言い切れない。でも。 (いくら地元でも、《うさぎくん》はないだろうなぁ……) 俺の、憧れの人。小、中学校が一緒だったし、高校も同じ電車で通学していた、元同級生の男の子。俺とは違って、明るくて、優しくて、人懐っこくて、いつも人の輪の真ん中にいるような快活なやつだった。その彼が相手ならば、まだ少しはこの制度に積極的になれるだろうとは思うけれど、そんな人気者が、彼とは正反対みたいな俺とマッチングされるわけがない、と思っている。 彼の名前は稲羽(いなば) みつき。《うさぎくん》という愛称は、俺が勝手につけているあだ名で、口にしたことはない。そもそも、俺が彼とまともに話したことなど――。 「――交流創生制度の相手を待ってる?」 「あ、は……へ……?」 声をかけられて見上げた先には、オレンジのくまのぬいぐるみのキーホルダーがついたスマートフォンを手にした青年がいた。少し色素が薄い、茶色の猫っ毛と白い肌、きれいというよりは可愛くまとまった顔。体つきと身長は確かに男のそれ、と、いうか。 「……うさぎ、くん……?」 「え」 俺の初恋の相手、うさぎくん、こと稲羽がそこに立っていた。 「うさぎくん、ってオレのこと?」 「!」 「っていうか、沖森だよな!? めっちゃ久しぶり!」 「!?」 突然の稲羽の登場に動揺し、俺の胸の内にだけ秘めておくつもりだった愛称を口走ってしまったと気付いて青褪める間もなく、彼が俺を知っていたと知って再び動揺する。あまりのことに声が出ない俺の様子を気にした風もなく、稲羽は無邪気に「ね、どうしてウサギなの?」と尋ねてくる。 「……《いなば》だから……」 「?」 因幡の白兎。可愛らしい見た目と苗字から、俺は彼を勝手にそう名付けていた。小悪魔的なキャラクター性や皮を剥がされて痛い目に遭うストーリーを考えるとちょっと失礼だなとは思うが、こんなことでもなかったら、うっかり俺が口を滑らせなかったら本人の耳どころか誰の耳にも入らなかっただろう愛称なので許してほしい、と思いながら、因幡の白兎の話を知らないと言う稲羽へその話をする。 「――嫌だよな、俺、もう二度と呼ばないから、」 「なんで? 沖森専用の呼び名、超いいじゃん!」 にか、と稲羽が笑う。その笑顔は明るくて少し眩しい。 「やっぱ沖森は物知りだな、すごくかっこいい! オレも沖森にあだ名つけようかな。オレしか呼ばないかっこいいあだ名!」 「え」 一度だけ顔を合わせて、解除キーを交換して、半年後にさようなら。それで終わりだと思ったのに、稲羽の思惑は違うらしい。 「だって、沖森と付き合うんでしょ?」 右手を差し出して稲羽ははにかんだ。恐る恐る手を差し出すと、思いの外強い力で握られた。可愛い見た目でも彼はちゃんと男で、でもそのふれあいに俺の心臓は強く跳ねた。 「半年、よろしくね、沖森」 季節は秋の初め。そうして俺とうさぎくんの仮の恋人として過ごす春までのひとときが始まった。
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