19人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
/3
興味のない音楽番組が夕食時のリビングで流れている。妹の好きなアイドルグループが出演するらしいが、俺にはどれがどれだかよく分からない。
「稲羽くんとはどう?」
「……別に……普通……?」
母に尋ねられて思わず素っ気ない態度を取ってしまった。その様子を母は笑う。
「でも、知っている子で良かったじゃない」
「そう?」
「同級生だった子なら、少なくともその頃の話が共通の話題になるもの」
共通して話せることは少しでも多い方がいいわ、と母は穏やかに笑う。
「話すことなんてないよ。……同じクラスだっただけだし」
ごちそうさま、と言いながら席を立ち、食べ終わった食器を流しに運ぶ。テレビの中ではスポーツ飲料のCMソングで使われている人気アーティストの曲が流れていた。(うさぎくんもこういうのを聞くのかな)と思いながら、二階の自室に戻る。
「!」
真っ暗な部屋の中、机の上に置きっぱなしだったスマートフォンが点滅をしていた。慌てて部屋の電気をつけ、机に近寄り、スマートフォンを手に取って点灯させる。届いていたのはうさぎくんからのメッセージだった。
《こんばんわ!》
メッセージに続けて、可愛いマスコットのスタンプがついている。
《ガッコ、お疲れ様!》
現在のうさぎくんは経理系の専門学校生であるらしい。1回目の対面の日にそんな話をした。一方、俺の方は文系の大学生だと言ってある。
「うさぎくんこそお疲れ様。メッセージありがとう……っと……」
友達もあまりおらず、メッセージをやり取りするのはもっぱら家族とばかりの俺は、メッセージをひとつ送るにも時間がかかる。もどかしさを感じながらメッセージを送り、知らず詰めていた息を吐き出す、と。
ぽこん。
送ったメッセージがエラーで返ってきたんじゃないかと思うくらいの速度で返信が来た。
《ねえねえ、今週の日曜、暇?》
「っ……!」
連絡先を交換はしたけれど連絡なんて来ないんじゃないか。そう思っていたのだけれど、うさぎくんは随分とマメな質だった。仮交際の相手として再会した当日の夜に《今日はありがとう! おやすみ!》とメッセージが届いて、それ以降、毎日1度はメッセージが届く。挨拶だけの日だったり、見かけた面白いものの写真が添付されていたり、内容は様々だ。そうしてメッセージをもらえるようになっても、「これだけで終わるのではないだろうか」というネガティブな思考が付きまとっていた。今日届いたそのメッセージは、その思惑を大きく飛び越えたものだった。
《よかったら遊ばない?》
どう返したらいいだろうと文言を考えている間に次のメッセージが届く。不慣れなアプリを慌ただしく操作しながら、どうにかこうにか「いいよ」とだけメッセージを送った。途端にオーケーの意味合いのスタンプが飛んでくる。うさぎくんは随分とメッセージアプリの操作に慣れている。
(友達もいっぱいいそうだしなぁ……)
《じゃあ、日曜の9時、この前の公園で!》
スタンプを使うような相手がいなかったので俺のアプリにはプリセットのスタンプと、なにかのキャンペーンでもらった企業キャラクターのスタンプしかない。そもそも使ったこともなかったそれの中から時間をかけてオーケーの意味を持つものを探し出して送信する。
(ちょっと馴れ馴れしすぎたかな)
スタンプを使ったことがなかったので、使い方が合っているのか、変じゃないだろうかと不安に苛まれるが、それも一瞬のこと。
《やった! 楽しみ!》
すぐにうさぎくんの返事が送られてきた。
「お、れ、も、」
それを受けてもどかしく文字を打ち込んでいる間に再び通知音。
《ていうか沖森のスタンプ変なの!》
「ぇ、あ、えっと、」
《沖森、こういうの使うんだ》
「ぅ、うう、」
《コレ、カップ麺のキャラのだよね。いいなー》
「え」
返信が追いつかない勢いで立て続けにメッセージが届く。「変」と言われて青褪め、言い訳をしようとするがそれよりも早くメッセージが届くのでうさぎくんの言葉の推移を見守ることしかできなかったが、最後に《オレ、このキャラ好きだよ》と締めくくられてホッと息をつく。
「あ、り、が、と、」
どうにかそれだけを送信して、変な奴だと思われなくて良かった、と思う。それから、うさぎくんとやりとりをするのに困らないよう、なにかスタンプを入れておこう、と思った。
《オレ、そろそろ課題しなきゃだから、また明日ね!》
会話の終わりの気配に慌ててさっき送ったのと同じスタンプを押す。
《じゃあおやすみ!》
「おやすみなさい」と打ち込んで返す。既読はついたものの、少し待っても返事はなかった。
「ふふっ」
憧れのうさぎくんとデートだなんて夢みたい。そもそも、こうやって恋人みたいにメッセージのやり取りができるだなんて。
「心臓、いくつあっても足りないかも……」
思わず呟いた俺の口角はうさぎくんとメッセージのやり取りをしている時からずっと緩みっぱなし。そんなしまりのない顔が、消灯したスマートフォンの画面に映っていた。
最初のコメントを投稿しよう!