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ポストに俺宛ての封筒が届いていた。公的機関がよく使う、窓付きの茶封筒。実際、《沖森(おきもり) 礼矢(れいや) 様》と俺の名前が小さく印字された窓の横には、市役所の担当課と連絡先が印字されていた。《市役所 交流創生課》と銘打たれているそれは、18歳頃になるともれなく一度は送られてくるものだ。 「あら。あらあらあら! やっと送られて来たのね」 いま開けるべきか、後にすべきか、と悩みながら玄関を潜った俺の様子が気になったらしい母が、俺の手元を覗き込んで黄色い声を上げる。 「どんな子が相手かしらね。可愛い子かしら、かっこいい子かしら!」 「……どっちでもいいよ……」 どっちにしろ形ばかりの恋人になるんだろうし、という言葉は飲み込んだけれど、あまり乗り気ではない気配は滲み出てしまっていたらしく、母が苦笑する。 「もしかしたらママとパパみたいに一生の伴侶になる子かもしれないじゃない。AIが条件のいい子を選んでくれるのだから、大昔にあったっていうお見合いって制度よりは確実で安心よ」 「でも、俺、まだ18だよ。……結婚とか、興味ないって」 「結婚するかしないかはレイくんの自由よ。それにすぐ結婚を考える必要はないのよ。気楽にね」 現代は若者の恋愛離れが叫ばれて久しい。そんな、社会情勢だったり、個人の意識の変遷だったりが引き金となって、婚姻率や出生率が低下の一途を辿っていた頃に時の政府が打ち出したのが、交流創生制度。そもそもの出会いからして希薄になりつつあった当時の若者たちに出会いを創生する、という触れ込みで始まった、いわば国を挙げてのマッチングサービス制度だった。様々な《個人》に関する情報を元にAIが性格を分析し、それらの情報をもって、その人に最適と思われる人物との出会いを義務的に与えるものだ。当時は人権や自由の侵害だと非難もすごかったらしいが、それによって若者の孤立、ひいては自殺抑止、わずかばかりではあるが婚姻率、出生率の増加が見られたこともあり、今では18歳になると行われる当然の通過儀礼となっている。 「残念なことだけれど、どうしても考えられないのならお断りをしてもいいのだから。ね?」 「…………」 俺が断られる側になるのではないかという意見は飲み込んだ。自分ひとりではなく相手があることなので、残念ながら地味だとか内気に分類される俺が相手に気に入られる可能性はほとんどないんじゃないかと思っている。 あまり厚くはない封筒を開けると、中には紙が3枚。一枚は市が主導でやっている、なんでも相談ができるというサロンのご案内。もう一枚は市のソーシャルネットワーキングサービスへの登録のご案内。最後の一枚だけが本文だった。 俺の名前と担当課の名称、形ばかりの挨拶文と、専用のホームページのアドレスと二次元バーコード、仮のユーザーIDとパスワードが記載され、最後に使い方の説明があるというホームページのアドレス、二次元バーコードと電話番号、それでも分からない時のために、《不明な点がありましたら、市役所交流創生課まで》と書かれて締められていた。インターネットやスマートフォンが使えて当然の社会になったとはいえ、あまりにもユーザビリティへの配慮が足りていない。もしも何かの理由があって、インターネットおよびスマートフォンやパソコンを持っていない奴がいたらどうするのだろう。 お役所仕事に首を傾げながら自室に引っ込み、スマートフォンで指示された通りのホームページに接続する。期待はない。ただ嫌なことは早く終わらせるに限る、という意識があるだけで。 ペールブルーが基調の専用サイトに、仮IDとパスワードを入れてログインする。途端に始まった制度の説明動画を見ながら、(文字の方が早く終わっていいのにな)と思う。ただ、人は文字を読むより動画を見る方が理解がしやすい脳の作りであるらしいので、確実性を期すなら動画の方がいいのかもしれない。 《18歳から19歳のみなさん、お待たせしました! らぶぴょいです!》 動画の中で、この制度を象徴するウサギのマスコットキャラクターのアニメーションが動いている。このウサギは、たまに公共系のポスターなんかでも見かけるので馴染み、というほどではないが何となく見知っている。 《この「交流創生制度」は、新しい出会いが希薄になる現代の皆さんに、新しい交流関係を提供するために作られました!》 そこそこの長さの動画であることを察して、机の上に肘をつく。スマートフォンを横持ちにし続けるのはそれなりに疲れる。 《この「交流創生ポータルサイト」は、制度の利用や利用するにあたっての疑問なんかをまとめたホームページになります! 大いに活用して、素敵な出会いをしてください!》 「……素敵、な、出会い、ねぇ……」 ぼそりと自嘲気味に呟いている間に、動画は制度利用の流れを説明する場面に入っていた。この交流創生ポータルサイトで、相手との一回目の対面の日時や場所を設定するらしい。 《お相手の方は対面するまで秘密です! もしかしたら憧れのあの子かも……!?》 (いや、ないでしょ) 心の中でらぶぴょいにツッコミを入れる。――俺にだって、好きな子は、いる。ただ、このマッチングでは当たりそうもない相手だけれど。 《お相手との連絡先の交換は任意です。可愛いからって強制はダメだぞぉ!》 動画の画面に《強要NG!》の太字が踊る。――一応政府や関連団体が目を光らせているらしいが、強要された、断れなかった、なんて話も聞いたことがあるので、念押しのつもりなのだろう。 《お相手との仮交際期間は半年、6ヶ月。それ以降の交際はお相手とご相談の上、個人の自由、ということになります! 期限が近くなった時や期限切れの時は、このポータルサイトに登録したメールアドレスへ連絡をします! その時はお相手とよく相談をしてくださいね!》 18歳になると始まるこの制度はマッチングをした相手との交際や恋愛を強制するものではないと言われているし、送られてきた案内を無視をしても罰則規定があるわけではない。けれど、一度誰かと会う約束をこぎつけるまで延々と案内の封書が届き続けるらしいので、実際は義務のようなものになっている。なので、マッチングサイトに接続し、AIが最適と判断した相手と対面する約束を取り付け、一度だけ会ってハイさようなら、という流れになることが多いと聞いている。もちろん俺の両親のようにそのまま交際に発展したり、友情を育む人たちもいるけれど。 《それでは、ボクはこの辺で! まずはガイドに従って、ユーザーIDとパスワードの変更をしてね! 頑張って!》 動画の中央でらぶぴょいがぴょんぴょんと跳ね、応援の意を示す。そうして動画は終わり、自動で閉じられた。今度は操作を促すガイドがホームページ上で点滅を始めた。その案内に従って、ユーザーIDを変え、パスワードを変え、通知用のメールアドレスを登録し、初回対面の日時と場所の希望を入力する。第三希望まで入力ができるということだったので、日付は直近の土日、場所は駅前公園や市役所前なんかのわかりやすい場所を入力した。希望を送信すると《日時と場所が決まったらメールアドレス宛に連絡をするよ! 待っててね!》という文言とともにらぶぴょいの画像が表示された。これで俺のやるべきことは終わり。なんだか長かったような気がするその作業を終えた俺は、深く深く溜息をついた。
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