薔薇の支配にどう抗うのか

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「よっぽど情報に(うと)いようだな。内閣総理大臣の名前を云えない僕でも知ってるぞ」  驚きつつも説明してやる。  四月の初週に幕開けたこの連続殺人は、一週間に一度のペースを保ち、これまでの被害者数は三人に三回を掛けた九人にのぼる。犯人は毎回、茜条斎のどこか人目に付きにくい場所でモグラ叩き台を制作すると、その中に人間を閉じ込めて、ハンマーで撲殺する。  モグラ叩き台は、アパートの前なんかによくあるステンレス製の大型ゴミ箱をイメージするといいだろう。上蓋には人間が頭だけ出せるほどの穴が複数開けられていて、底に繋がれたホースから出る水道水が内部を常に満たし続ける。被害者たちは呼吸するためにいずれかの穴から頭を出さなければならず、そこで犯人がハンマーを振るうわけだ。 「私は総理大臣の名前、分かりますけどねえ」  煎餅をばりばり齧りながら聞いていたムツミの感想はそれだけだった。 「今週はまだなんだ。もう木曜だからな、創儀さんが急ぐのも当然だよ」 「あ。人間モグラ叩きと云いますけど、モグラを叩いてはいませんよね」  また煎餅に手を伸ばすムツミ。お腹が空いているのだろうか。 「人間を叩いているんですから、人間叩きと云うべきです」 「それじゃあ人間でモグラ叩きをしてるってことが分からないだろ」 「モグラ叩きしてないじゃないですか。人間叩きでしょ?」 「違う。ゲームの名称がモグラ叩きなんだ。いいんだよ、そんなことは」  それよりもこの子をどうするかだ。日も暮れようとしている。 「監禁なんてしないぞ。そういう性癖なら、この街にはいくらでもお店が――」 「性癖じゃないです」 「じゃあ何だ。誰かに狙われているわけでもなく……もしかして家出中とか?」  今更になって一番現実的な推論が立った。探偵事務所に来た依頼人ということで、何某(なにがし)かの事件に結び付けようとするバイアスが掛かっていたのだろう。 「そうですね。家出でないとは云えないです」 「飛び出したはいいものの、行く宛てがないってわけか。家はどこなんだ」  ムツミはこれには応えない。煎餅をばりばり食うばかりだ。  僕は携帯でコクテンキョウ学園と検索するが、それらしいものはヒットしない。 「学校名も出鱈目(でたらめ)か」 「出鱈目じゃないですよ。ちゃんとあります」
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