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傍らに置かれた黒のランドセルを開けるムツミ。最近買ったばかりのように真新しい。
「さっきから気になっていたんだ。どうして鞄がランドセルなのか」
「黒甜郷学園では初等部から高等部まで、みんなランドセルが義務付けられています。今いる生徒は中等部三年生の私と、この子――モチナスだけですが」
ランドセルから出てきたのは、お手製らしい熊のぬいぐるみだった。造形は可愛いけれど、毒リンゴみたいな緑色をしている。彼女はそれを膝の上に乗せて会話し始めた。
「ねえモチナス、探偵の人も助手の人も話にならないよ。どうしようね私達」
「さては妄想の学校だな。一定理解した」
だが家出少女を匿うのも探偵の仕事ではないだろう。
「家に帰るつもりはないのか。最寄り駅まで送ってあげてもいい」
「監禁してくださいと云ってるじゃないですか」
「気乗りしないが、警察に通報するしかないな」
本当ならもっと僕にしかできないような鮮やかなやり方で解決を図りたかったのに、依頼人と依頼内容が悪すぎる。叔父さんが僕に活躍の機会を与えてくれたなんて勘違いした分、今の僕は落胆さえしているのだった。
「警察が来たら、貴方にエロいことされたと訴えます」
「あのさあ、その脅しはあまりに品がないぜ。電車で痴漢の冤罪を着せる悪戯があるだろう? 僕はああいう理不尽を心から憎悪している」
とはいえ困った。そんなことをされたら僕は破滅だ。
この子を家出少女と知って夕暮れの茜条斎に放り出すこともできないし……。
「せめて家出の原因くらい話してくれないか。それを解消できれば、監禁なんて話もなくなるだろう」
だがムツミは喋らない。虚ろと云うのとも違うけれど、ぼーっとした視線が僕へ向いているだけだ。薄く開いたまぶたの隙間から覗くその瞳は、墨汁で塗ったみたいに黒くて、人形めいている。
僕は小さく嘆息した。このまま待っていても埒が明かない。
「じゃあ僕が話すよ。断っておくが、これは説教じゃないからな」
この歳で年下相手に説教なんて始めたらお仕舞である。あくまでも説得だ。気恥ずかしいので、彼女の膝に乗ったぬいぐるみを見詰めることにする。
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