キラキラ星は教室にいる。

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 ***  今までろくに話したこともなかった少年との交流が、こうして始まったのだった。  最初は、彼が自宅で録音した曲を聴かせて貰うくらいなものだった。何でも家にマイクがあって、一人でいろんな歌を歌って収録するということをやっているらしい。  有名なアイドルグループの曲から、アニメソング、K-POPに演歌、ボカロ曲まで。彼は多種多様な曲を自分のものにして歌いこなしていた。  唯一無二の才能だ、と確信する。私がついつい、CDに焼いてくれと頼んだくらいには。 「こんなに歌えるのに、ネットに歌ってみたとかアップしないの?」 「ば、馬鹿にされるよ。こんな高くてきもい声」  それに、と彼は言う。 「歌をアップしていろんな人に注目されたいとか、いろんな人に聴いて欲しいとかそういうのはないんだ。ただ、好きな曲を歌って編集して形にすればもう、それで満足だから」  変わっているなあ、と思う。馬鹿にされると言ったが多分そっちが建前だろう。そもそも、彼が何歳であるかなんてネットには公表されないし、今時声が高い男性アーティストだっていないわけではないのだから。  暫くすると、カラオケに一緒に行くようにもなった。私も文芸部の幽霊部員で忙しくなかったし、彼はどこの部活にも所属していなかったので(合唱部に入ろうと思ったこともあったが、この学校にはなかったのであっさり諦めたという)予定を合わせるのは難しくなかったのである。  カラオケでは、殆ど彼ばっかりに頼んで歌ってもらった。小さなカラオケボックス、二人っきりの小さなコンサート。彼の歌声を聴いているだけで、私は自分の体の中にキラキラ星が集まってくるように、とうにかくどうしようもなく満ち足りた気分にしてもらえたのである。 「君のコンサートを独り占めできるとか、私は本当に幸せ者だなー」  私が手放しで褒めると、照れ屋な彼はいつも顔を真っ赤にして俯くのだ。 「佐藤さんの声も、かっこよくていいよ。男の人の歌もがっつり歌えるし、もっと聴かせてほしいな」 「お、嬉しいこと言ってくれるねえ。でもあんまり褒めるでないよ、私はすぐ調子乗るから!」 「佐藤さんの方がもっと褒めるくせに」  学校帰り、時間があればカラオケに行く。そんなことが、一カ月は続いただろうか。  ある日突然、柚木少年は学校を休んだ。  そして翌日来た時は、マスクをして、ガラガラ声になっていたのである。 「ちょ、柚木君どうしたん!?」  私が言うと、彼は掠れた声で、“風邪引いて声が出ない”と言ったのだった。
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