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多分そこが、歌のサビ部分だったのだろう。歌声が途切れると同時に、思わず私は拍手をしてしまっていた。歌の邪魔をしてしまうかもしれないとか、恥ずかしいかもしれないということには完全に思い至らなかった。
彼が、はっとしたように振り返る。女子生徒である私より頭半分は小さい彼。このクラスで一番小柄な男子、柚木大樹だった。童顔で小柄、時々いる“声変わりにスルーされてる”系男子である。まだ小学生料金でも交通機関が利用できてしまうんだ、としょんぼりしながら他の人に語っていたのを聞いたことがあった。今まで、あまり直接喋ったことがなかったのだが。
「す、すごいよ!凄く綺麗な歌声!」
私は感激して、思ったままを口にしていた。
「知らなかった。柚木君って、歌上手なんだね!」
「さ、佐藤……」
私の賞賛に、彼は頬を赤く染めて俯いた。高校では、芸術系の科目は一つしか取ることができない。私は美術専攻で、彼は多分音楽専攻。だから歌声を聴く機会がなかったのだろう。
「その……テンション上がるとつい歌っちゃうんだ。ちょっと教室に忘れ物取りに来ただけだったのに。五月蠅かったよね」
「そんなことないない!私も忘れ物してて、今日はテンション駄々下がりだったんだけど……うん、いいことあった!気分上がった!柚木君のおかげだ、ありがとう!」
「そ、そんなに?」
「うん」
今まで、ちっちゃくて顔可愛いなー、くらいの印象しかなかった男の子が。完全に見違えて視えていた。
「なんか、柚木君の周りで、キラキラ星が散ってるように見えた!私、音楽詳しくないからうまく言えないんだけどさ。柚木君が歌うと、世界に透明な色がつくというか、キラキラしたものが舞い散ってどこまでも飛んでいっているというか、それに包まれてなんか私まで飛んでいけるような気がするというか……あああああああ私にもうちょっと作文の才能あったらなあ!」
一人で百面相している私がおかしかったのだろう。しまいには、柚木の方がくすくすと笑い始めてしまっていた。
「びっくりした。佐藤さんって、面白い人なんだ」
「そ、そうかな?」
「うん。……それと、ありがと。……俺、歌うのは好きだけどこの声コンプレックスだったんだ。高校生にもなって、小学生みたいな声っていうか、女の子みたいとかも言われるし。音楽の授業でも、男子が出す声域の声全然出なかったりするし。だからその……褒めて貰えて、凄くうれしい」
なんだろう。そんな風に喜んでもらえると、私も嬉しくなってしまう。
そして、その勢いでついつい、言ってしまうのだった。
「その、また……歌、聴かせてよ。私、柚木君のいろんな歌、聴いてみたいな」
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