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風邪のせいだろうか。その日の彼は、明らかに様子がおかしかった。熱は下がったしもう怠さもないというが、やはり全体的に元気がない。
「まだ、具合悪いんじゃないの?」
放課後、私は彼にそう声をかけた。うちのクラスで部活に入っていない生徒は極めて少ない。授業が終わると、波が引くように去っていく生徒がほとんどだ。人がほとんどいなくなった部屋で、喋っている私達を気に留める人はほとんどいなかった。
「大丈夫?あんまり無理しないでよね」
「カラオケは……」
「その声で行けるわけないでしょ!治ってからだよ!」
いつになく強い調子で言ってしまった。私のために、彼が気を使ってくれたと思っていたからである。小さなコンサートを、私が毎日心から楽しみにしていることを知っていたからだろう、と。
すると、柚木は泣きそうな顔で、言ったのだった。
「……自分の声、嫌いだったのに。今、出ないのが凄く怖い。声が出なかったら、俺、何の価値もない」
何でそんなことを言うんだ、と私は怒りかけた。次の瞬間。
「歌えなかったら、佐藤さんに嫌われるじゃん……」
ぽかん、とさせられた。
そこでどうして、私が出てくるのか。そりゃあ、カラオケに行けないのは残念だったけど、でも。
「はじめて、俺のあんな歌声、佐藤さんは褒めてくれて。凄く嬉しくて。それから毎日楽しくて、でも。……俺達の接点、歌だけだから。それがなくなったら、一緒にいる理由もなくなっちゃうじゃん。……そんなの、嫌だ」
「そ」
それって、まさか。
今度は私の方が、顔を熱くする番だった。彼が言わんとしていることがわかってしまったからである。
彼が一番ショックなのは歌えないことじゃない。私と一緒にいられなくなることなのだ、と。
「そ、そんなこと、あるわけないじゃん!歌えなくなったら、柚木君に価値がないなんてそんなことないから!治るまで一緒にいるし、仮に治らなくたってその、あの、私は……!」
こんな経験、したことなんてない。ただ一つ言えることは、あの日私が忘れ物をしなければ――教室のキラキラ星を見つけなければ、今日の日はきっとなかっただろうということだ。
彼という存在そのものが特別になっていたのは、きっと私も同じで。
だから元気がない彼が心配で、だから。
「そ、そんなに心配なら!よし、正式に付き合おう!これでどうだ!」
言ってしまってから、なんて色気もへったくれもない告白だと自分で思った。
「……ほんと?」
「お、おう!マジだマジ!」
「ほんとかあ」
少年の目から、ぽろり、と星屑が一つ落ちる。
「ありがと。これからも、よろしく」
見つけた一番星は。
今日も教室の隅っこで、私だけを照らしてくれている。
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