キラキラ星は教室にいる。

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 ***  風邪のせいだろうか。その日の彼は、明らかに様子がおかしかった。熱は下がったしもう怠さもないというが、やはり全体的に元気がない。 「まだ、具合悪いんじゃないの?」  放課後、私は彼にそう声をかけた。うちのクラスで部活に入っていない生徒は極めて少ない。授業が終わると、波が引くように去っていく生徒がほとんどだ。人がほとんどいなくなった部屋で、喋っている私達を気に留める人はほとんどいなかった。 「大丈夫?あんまり無理しないでよね」 「カラオケは……」 「その声で行けるわけないでしょ!治ってからだよ!」  いつになく強い調子で言ってしまった。私のために、彼が気を使ってくれたと思っていたからである。小さなコンサートを、私が毎日心から楽しみにしていることを知っていたからだろう、と。  すると、柚木は泣きそうな顔で、言ったのだった。 「……自分の声、嫌いだったのに。今、出ないのが凄く怖い。声が出なかったら、俺、何の価値もない」  何でそんなことを言うんだ、と私は怒りかけた。次の瞬間。 「歌えなかったら、佐藤さんに嫌われるじゃん……」  ぽかん、とさせられた。  そこでどうして、私が出てくるのか。そりゃあ、カラオケに行けないのは残念だったけど、でも。 「はじめて、俺のあんな歌声、佐藤さんは褒めてくれて。凄く嬉しくて。それから毎日楽しくて、でも。……俺達の接点、歌だけだから。それがなくなったら、一緒にいる理由もなくなっちゃうじゃん。……そんなの、嫌だ」 「そ」  それって、まさか。  今度は私の方が、顔を熱くする番だった。彼が言わんとしていることがわかってしまったからである。  彼が一番ショックなのは歌えないことじゃない。私と一緒にいられなくなることなのだ、と。 「そ、そんなこと、あるわけないじゃん!歌えなくなったら、柚木君に価値がないなんてそんなことないから!治るまで一緒にいるし、仮に治らなくたってその、あの、私は……!」  こんな経験、したことなんてない。ただ一つ言えることは、あの日私が忘れ物をしなければ――教室のキラキラ星を見つけなければ、今日の日はきっとなかっただろうということだ。  彼という存在そのものが特別になっていたのは、きっと私も同じで。  だから元気がない彼が心配で、だから。 「そ、そんなに心配なら!よし、正式に付き合おう!これでどうだ!」  言ってしまってから、なんて色気もへったくれもない告白だと自分で思った。 「……ほんと?」 「お、おう!マジだマジ!」 「ほんとかあ」  少年の目から、ぽろり、と星屑が一つ落ちる。 「ありがと。これからも、よろしく」  見つけた一番星は。  今日も教室の隅っこで、私だけを照らしてくれている。
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