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十万円。小学生の頃だったら、「これが買える」「あれが買える」とときめいたはずなのに、成人してみると結構微妙な値段だ。
十万円だと、よっぽど安いパソコンでない限り買えない。ゲーミングパソコンだったら倍かかるし、タブレットだともうちょっと安い。
スマホを現金一括払いで払うと、店員がすごい勢いで顔を引きつらせる。現金で払いたい。本当に。
だからと言って、保険代や税金代で全部使ってしまうとあまりに空しい。困った。
姉の遺産な訳だから、なんとしてでも有意義な使い方を模索しようとしても、持っているのだ一万円札十枚ではなく、五円玉を二万枚だ。こんなのどうするんだという話だ。
仕方がなく、喫茶店に入った。
「コーヒーとナポリタンを」
「かしこまりました」
俺の最初の使い道を、姉は心底呆れた顔で見つめてきた。
「なに。最初はここの支払いを全部五円玉で行うの?」
「……考えてみたけれど、十万円って本当に微妙なんだよな。テレビは買えない、ハードディスクは買えない、パソコンは買えないし、冷蔵庫や掃除機、家電一式も十万円だと買えないんだよ」
「ふーん」
姉はどうして俺に押しつけてきたんだろうと思いながら、届いたナポリタンとコーヒーをいただいた。
久々に食べた喫茶店の定番メニューは、麺がもちもちしていて意外と美味い。コーヒーもインスタントばかり飲んでいる俺が飲んでも美味く感じる。
そこの支払いを全部五円で済ませたら、ナイスミドルの店長の口元が引きつっているのが見えた。
すまん。本当に、すまん。
心の底から申し訳なくなりながらも、そそくさと店を出て行った。
残り、九万九千円。
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そもそも瀕死の町で、お金の使い道がそんなに多いわけもない。
本屋に入っても、そもそも俺の地元では発売日に届いているものの、ここじゃ一週間ずれることなんてしょっちゅうだ。雑誌関連はほとんど入っていない。なんか買おうかと思ったものの、とりあえず文庫一冊だけ買って、五円玉でお支払いをした。
店主のおばちゃんは、あからさまになにか言いたげな顔をしていた。
それでも残り、九万八千二百円と、まだまだ先は長い。
「どうするー? もう手数料こみこみで銀行で換金しちゃうー?」
姉に言われて迷う。
どうせ俺の金じゃないしなあ。それが頭をかすめるものの、「でも十万円だぞ?」の突っ込みが入る。
「どうしよう。俺、欲しいものはたくさんあったはずなのに、五円玉を目の前にして、馬鹿になって頭が上手く働かない」
「まあ、使い道が全然ない町だからねえ。でも、町にお金を落としたいんだね?」
「……うん」
姉に言われて、俺は頷いた。
俺がこの瀕死の町にやってきたのは他でもない。
この町まるまるひとつ無くなって、道路になることが決定したから、立ち退きまでに荷物を持って帰ってくれと両親に言われたのだ。
一戸建てだったのに、立ち退き料金ちゃんともらえたかと聞いたものの、ふたりともよくわからない顔をしていた。俺がしたほうがいいことあると聞いても、やっぱり変な顔のままだ。
そこで姉に出会ったのだけれど。
町はそろそろとどめを刺されるため、人が本当に少なくなってしまっている。今いるのはうちみたいに荷物整理に手間取っている人や、次の居住区が見つからない人、いわゆるライフライン担当の人たちばかりだ。
この町ひとつが全部ならされて消えてしまう前に、なんとかして爪痕を残したくても、十万円ぽっちじゃなかなかままならないでいる。
「どうしようか、姉ちゃん。残り九万円とちょっと。さっき家電屋見たけど、パソコンは売ってなかった」
「仕方ないよ。この辺りの人たち、スマホは使えてもパソコン使えない人多いから」
「そっか。でもどうしよう」
九万円の使い道。
神社に全部賽銭として投げるにはあまりにも細か過ぎる。だからと言ってこの町に使えるお金かもわからない。
ふたりで考えあぐねていた結果。
「あっ」
手数料払わずにお金を使い切る方法が、なおかつ町のために使えることが、たったひとつだけあった。
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