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「Δ田は『降雪体質』って聞いたことある?」
テイは幼い頃から、こういった話をとても好む人間だった。
「何で何時も窓から入ってくんのよ?」
「位置エネルギーに変化を与えない事で無闇な夜食を防いでいるのさ」
「ふむ、一理ある。結果は?」
「うどんおいしいです」
「食べてんじゃん」
「まあまあ、流石に玄関からは入れないじゃん」
「まあね、つうか何時だと思ってんの?」
「えーだってぇ…」
いつも一緒にいて、何するにもトロい私を「検証だっ」とかいって引っ張り回しては、私ごとよく叱られたものである。
内容は大体いつも同じ。
宇宙人を呼びにいってた。とか、
おばけがでるって聞いたから。とか、
幽霊がピアノを弾いているらしい。とか、
そして、ベソをかく私を庇うように前に出て、必ずこういっていたのだ。
「夜にしか、会えないのが悪いんじゃん」
あの時の笑顔のまま、テイはそう答えた。
「……そんな事ない」
「目ぇ逸らしながらゆー。ホント、Δ田は嘘付けないねぇ」
へへ、と呆れたように笑うその顔は、まるで何にもなかったみたいだ。
テイは不登校生。開かず枯れた恋の末、である。
きっかけは、中学一年生の夏。
数学教諭であるΔ角が、授業中に『異次元生物』についての話をしたのだ。
話自体はどうという事はない。我々の視覚が世界を平面で認識するという事は、我々より高次元の生物は立体で認識して云々というままある話。
話の締めに、ちらっと『夏休みも仕事だから研究が捗らない』というような愚痴を溢した。
定期試験も終わり、授業の進みにも余裕があったのだろう。平時は無駄話する教員ではなかった。
そして、その『研究』という表現が、どうやらテイの琴線に触れたらしい。
今にして思えば、テイが所謂『陰謀論』のようなものに手を延ばした時点で、私だけは気付けたはずだったのだ。オカルト、超常現象、ブードゥーサイエンス。それまでも大概な子ではあったが、ある時から、その論調と圧の強さは明らかに激しいものになっていた。
会える時間が目に見えて減り、夜にも余り来なくなった。
結果は、児童ポルノ製造によるΔ角のクビである。一体誰の何の動画だったのかは知りたくもない。逮捕ではなく、揉み消されたのが答え合わせか。生徒の将来を慮ってという建前である。
「で、話を戻すけどさ。Δ田は『降雪体質』の話は聞いたことあるの?」
「ない、かな。そういう話はテイからよく聞くけど」
「おっけ、じゃあ話してあげよう」
「ねぇそれ、テイがこの前会うっていってた人から聞いたの?」
「んーん、まだ会ってないよ。この話は先生から聞いた話」
誰の目にも明らかな恋の終わりは、しかし、本人達だけ認知しなかった。テイはΔ角との繋がりを捨てない。あまつさえ、中学校生活の方を捨ててしまった。Δ角はΔ角で教師として、大人としての良心など欠片もないようだ。吐き気がする。
「じゃあ聞きたくない」
「おいおい、この話はΔ田のためでもあるんだよ?知っといて欲しい。Δ田も多分『こっち側』の人間なんだから」
テイが私の事を苗字で呼び始めたのは、何時からだろう。
誰の差し金なのか、本当に気に障る。
「私、Δ角の事、キライなの」
「そう、じゃー私帰ろうか?」
「………………」
多分、今私は露骨に嫌な顔をしている。だけど、テイが直ぐに帰ってしまうなんて耐えられない。暫く引きこもっていたテイが、また遊びに来てくれるようになったのなんてごく最近のことなのだ。選択の余地はない。
「……はぁ、聞いてあげる。テイに嫌われたくないしね」
「は、私がΔ田を嫌うの?逆でしょ」
「止めて。その『降雪体質』だっけ?その話をして」
「はいはい、えっとね…」
結局、泣き寝入りするしかないのだ。
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