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「よーしじゃーいってみよーかー」
ニマニマと期待に満ちたテイの顔。
「……無理です」
ああ、久しぶりに、なんて迷惑な幼馴染なのだろう。
私の目の前には、よく煮立たせた緑茶。台所でママに「雪でも降るのかしら」なんて、正に言われた。
私は、熱いものを口に出来ない。
というか、皆が何故平然と熱いものを食べるのか理解できない。
80℃の液体を身体の内に注ぐなんていう馬鹿げた行為を普通と感じる程、私は常識に侵食されていない。
「よく猫舌なんていうけど、猫が水を飲む時って、舌を下顎側に曲げて水を掬うようにして飲むの。人間には出来ない動き。従ってΔ田は猫舌じゃない。猫舌じゃないなら熱いの飲めるよ、やったね、ファイト」
「温度調整するの唇でしょ?舌はそもそも関係ないの」
「尚更じゃん、日本人らしく啜りに啜れ」
「そんな事いったってぇ…」
だって80℃は死ぬ温度だ。80℃は焼ける温度だ。火傷できる温度だ。だって火傷するじゃないか。お湯を手にかけたら火傷するじゃないか。口の皮膚は手のそれよりも薄くて柔らかくて弱いじゃないか。そんなデリケートな部分に人が死ねるようなものを流し込むなんて殺す以外の理由ないだろう。
少なくとも真面目に生きてきた私みたいな人間の飲む物じゃない。こんなもの私の目には拷問か何かをする道具にしか映らない。私は考える葦である。
皆が普通と断じた物事を疑える葦である。看過しない、目を逸らさない葦である。葦なので、
「無理です」
無理なのだ。
「おいおい、検証するっつったのはΔ田だろー?」
「なぜ私お湯飲む?私お湯飲まない。テイ祝詞止める。テイ祝詞止める。トラブル起こるか検証」
「おいゴリラ自分の都合で喋るな。皆にそんな迷惑かけられないよ」
「他ので良い。他ので良い。テイやる、私お湯飲まない」
「とりあえず片言やめて。笑かしてやり過ごそうとしないの」
私が拒否する体(実際イヤだが)でテイに振ってみたが、あからさま過ぎたのか割とハッキリ断られた。ソフトランディングをと、自らを戒める。警戒されては元も子もない。
「うーん、Δ田が『こっち側』かどうか、知っておきたかったみたいなんだけどな…」
その一言が、ひた方ぶりに高揚していた私の気分に水を差す。
「……Δ角がそういったの?」
「ん?ああ、いや、知っておきたかったんだよ」
「らしいっていった」
「いったかな?いい間違えだよ」
「…………そう」
テイを挟んで、Δ角と戦っている事を再度認識する。
「自分が『降雪体質』かどうか、やっぱりテイが試したらいいよ」
なにがソフトランディングか。Δ角の陰がチラついただけで全く自制のきかない、私の意志の薄弱さよ。
「Δ角と一緒に居るためだからって、誤魔化すの止めなよ」
もう苛立ちを隠せない。とても苛々する。
「別に?誤魔化してないもん」
「じゃあ試しなよ。その何とか祝詞、今夜は止めてずっと私の隣にいて」
「だから、迷惑を…」
「私が迷惑をかけられてるの!ずっと!」
私が、ずっと、独り占めしていたのだ。誰にもテイを取られたくないのだ。どうしてこうも伝わらないものか。
「一回でいいから試してよ!そうすれば結論出るじゃん!ねぇ!て…」
テイに詰め寄る私。流石に声が大きかったか、背後でドアがノックされる。
「ちょっと、だ、大丈夫?誰と話してるの?テイちゃん?」
「何でもない!電話だってば!」
「ね、ねぇ、開けていい?一度きちんとおはな…」
「ちょっと!勝手に開けないでよ!プライバシー!何でもないってば!友達と電話でちょっと口論になっちゃったの!」
ママがまだ何かいっている。今夜はドアを開けてきそうな気がする。一応テイを逃しておくべきか。
そう思って振り向くと、既にテイの姿はなかった。
「…………」
「ねぇ、開けて頂戴!ねぇ!」
本当は何構わず当たり散らしたいところであるが、この精神状態で、ママの説教などごめんである。
「……もう電話きったよ。ちゃんと寝るから…」
結局、内に溜め込むしかない。
髪の毛を掻きむしりながら、私は眠れぬまでも布団に逃避することしか出来なかった。
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