時空難民

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 西暦2128年の日本は超大不況だった。二十世紀末にあったバブル経済崩壊後に訪れた不況よりもひどかった。大学を出た若者が就職できない。会社はリストラの嵐で失業者が量産される。国中が仕事にあぶれた人で溢れていた。  そんな時、日本各地で奇妙な穴が出現した。二十二世紀の国の研究機関が調べた結果、それは二十一世紀に繫がる時空の穴ということが分かった。けれど、それがなぜ現れたのか、どういう理屈で過去と繋がっているのかは解明できなかった。  穴を通れば過去の日本に行ける。それならば、と失業者たちは考えた。過去の日本には仕事があるはずだ。過去に行って働こう。というわけで、失業者の群れが穴を通って2032年の日本にやって来た。それをマスコミは時空難民と呼んだ。  当初、現代の日本政府は時空難民の「入国」を禁じて、「不法難民」を送り返していた。しかし、時空難民なら低賃金でも喜んで働くので、会社は儲かるのではないか。時空難民の入国を認めよ、という財界からの強い押しにより、政府は時空難民の入国を解禁した。それが三日前のこと。 「俺、テレビで見たよ。穴から大勢の時空難民が出てくるところ。あっ、腹が減ってれば期限切れの弁当食べていいから。好きなやつ選んで」  と言って、銀次は期限切れの弁当が入ったカゴをヤギュウに差し出す。 「そうですか。遠慮なくいただきます。晩飯はカップ麺だったんで、お腹すいてたんです」 ヤギュウはカゴの中の期限切れ弁当を物色すると、 「えーと、これいただきます」 「客は来ないだろうから、カウンターの中で食べるといい」  デラックスエビフライ弁当を持ったヤギュウは、カウンターの向こう側に回った。外から見えないように姿勢を低くする。 「美味い。こんな美味いもの、長いこと食べてなかったんで嬉しいです」  ヤギュウはタルタルソースがたっぷり付いたエビフライを食べながら言った。 「どうせ捨てられるもんだ。人の役に立てて弁当も喜んでるんじゃないか」 「京極さんはずっとコンビニで働いてるんですか?」 「いや、大学出て五年ほど広告会社に勤めてたんだけど、そこがブラックなんで辞めたんだ」 「ブラック?」 「そうブラック。社員に暴力を振るったり暴言を浴びせたり……要するに社員を虐待する会社のことを、この時代じゃブラック会社と言うんだ」 「へえーそんな会社、昔からあったんですね」  ヤギュウはちょっと意外だという顔をする。 「ということは百年後の世界にもあるんだな」 「ええ、ありますよ。いつの世も雇われる方は辛いもんですね」 「だよな。ところでヤギュウ君は住むところはあるの?」 「ええ、難民仲間四人とアパートをシェアしてます」 「そうか、大変なんだな……。これ持って帰って仲間にあげてくれ。朝食にするといい」  銀次は期限切れのおにぎりをレジ袋に入れた。
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