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ある日のこと、銀次が期限切れの鮭弁当をもらって暫く雑談した後、ヤギュウが言い難そうに言った。
「済みません、京極さん。弁当を差し上げるのはこれが最後です」
「店長に何か言われたのか」
「いいえ、店長には見つかってません。実は、私ここを辞めるんです」
「やめて働くところあるのか?」
「ええ、アパレルメーカーです。今、二十二世紀風のデザインが流ってるんですよ。ぼく、トーキョーゲーダイを出てるんです」
「そりゃ良かったな」
と、銀次は言ったけれど、銀次にとってはただの弁当をもらうことができなくなったので、良くはない。
今の銀次にとってはフードバンクだけが頼りだった。
「お前も首切られたくちだな」
浅井の声が近くでした。いつの間にか銀次の隣に座っていた。
「見てのとおりだ。食べ物はフードバンクの世話になっている。家賃滞納で、今月中には部屋を出なきゃならん。そうなりゃいよいよホームレスだ」
「そりゃ深刻だな」
「おまえだって深刻なんじゃないか?」
「お前よりはましなようだ。まだ蓄えがあるので、屋根の下で寝れるし、ハンバーガーも食べられる。けど、このままいけば、俺もホームレスだな」
浅井は溜息をつく。
「そうだ、これ食えよ」
浅井は手に持った紙袋からハンバーガーを取り出すと、銀次に差し出した。
「悪いな。遠慮なくもらっとく」
銀次の胃は幾つでもハンバーガーが入りそうだった。
「これから何かあてはあるのか?」
「いいや、特にないけど。お前はあるのか?」
「あるんだ。この状況から逃れる方法がな」
「どうするんだ」
「あのな」浅井は急に声を潜める。「二十世紀に繫がる穴が現れたんだ。その穴を通れば二十世紀に行けるんだ」
「そんな穴のこと、知らなかったな」
「知らないはずだ、大っぴらにはしていない。穴が見つかり次第、国が塞いでるからな。なぜか二十世紀と繋がるのを嫌がってるようなんだ」
「なあんだ。それじゃあ、駄目ってことだろ」
銀次は浅井の話に興味を失った。バンバーガーを食べるのに勤しむ。
「ところが、国に見つかってない穴があるんだ。国もマスコミも言わないが、秘かにその穴を通って二十世紀に行く者は多いらしい。俺の知り合いはその穴を通って向こうへ行ってしまったんだ」
「お前がその穴の場所を知ってるということか?」
「いいや、知らん」
「じゃあ、やっぱり駄目ってことだ」
銀次は激安スーパーで買った缶コーヒーを喉に流し込む。
「俺は知らないが、知ってる者がいるんだ。二十世紀に行くのを斡旋するブローカーがいるんだ。そいつが知ってるって訳さ。今度、そのブローカーと会うことになってるんだ。どうだ、お前も行くか?」
銀次はハンバーガーを頬張りながら思った。このままこの世界にいてもいいことはないだろう。浅井の話に乗ってみよう。
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