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繁華街にあるそのバーは雑居ビルの地下にあった。ドアを開けて中に入る。カウンターだけの細長い小さな店だった。
まだ営業前の時間帯だったので、店内にいたのはマスターだけだった。
「いらっしゃい。浅井小太郎さんと京極銀次さんですね。私が逃亡をお手伝いします。三好と申します」
マスター、いやブローカー、いや三好が愛想よく言った。ブローカーというからもっと怪しい人物を想像していたけれど、極めて普通の中年のおっさんだ。
「あのー」と、スツールに腰掛けると、銀次は口を開いた。「向こうでは働くところがあるんですか」
今の銀次にとって、それが最も関心があることだった。
「もちろんです」
三好は張りのある声で答える。
「給料はあまり多くはありません。でも、大丈夫です。住むところと朝昼晩と三度の食事も提供してくれます。作業服も貸与してくれるので申し分ありません」
「それって、何だか怪しくないですか。ヤクザ絡みじゃないんですか? たこ部屋に押し込んで、こき使うんじゃ……」
「ハハハ。そんなことないですよ。雇い主はヤクザじゃありません。れっきとした公的機関ですから。ついでに言えば、選ばれて海外出張に行けることもありますよ」
三好は銀次の心配を笑顔で打ち消した。
「三好さんに手数料は幾ら払えばいいんですか」
浅井が尋ねる。
「お二人とも失業者ということですので、手数料はいただきません。私の方は二十世紀側の相手からもらってますから大丈夫です」
浅井は安堵した表情を作る。法外な値を吹っ掛けられると思っていたのだろう。
「よろしければ、出発しましょうか。おっと、その前にお二人の前途を祝して乾杯といきましょう。ここはバーですからね」
三好は後ろの棚からスコッチの瓶を持ってきて、中味を二つのグラスに注いだ。それを銀次と浅井の前に差し出す。
銀次はグラスを傾ける。液体を口に含み、味わいながら喉に流し込む。美味い。
「さて、行きましょうか。ご案内します」
懐中電灯を手にした三好がカウンターの向こうから出てきた。そのまま店の奥の方に歩いて行き、突き当りにある木製のドアを開ける。穴が現れた。
「私の後に付いてきてください」
三好が穴に入ると、銀次と浅井が続いた。
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