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「俺が貸し切ったんだよ」
「何故、急にそんな事をしたの?」
質問の答えは聞こえなかったのか、もしくは聞こえない振りをされたのか、返って来なかった。瑛ちゃんの意図が良く分からないままに庭園の中へと誘われる。
貸切がない場合は日中しか入場出来ない為、気になってはいたものの仕事中だったりで立ち入った事のない場所だ。お茶会があり、和菓子や生菓子を運び入れる際も庭園の中には入らないので、いざ入ってみると丁寧に整備された木々や花々が咲き誇っていて、美しさを主張していた。
「はい、ここに座ってまったりしよう」
庭園の中にある竹製の長椅子に二人で腰を掛けて、テイクアウトした生菓子と抹茶ラテを広げる。指定された場所以外は飲食禁止と定められている。
「……瑛ちゃん、たまには日本庭園の中で食べたいとか、そんな感じ?」
瑛ちゃんは外科医としての慌ただしい毎日の中、癒しを求めていたのかもしれない。抹茶ラテを口に含み、生菓子を少しずつ口に運んでいる姿はとてもリラックスしている様に見える。純和風なこの場所は気持ちも落ち着くし、都会のオアシスと言った感じだろうか?
「そうだなー、一度は食べてみたかったってのもあるかもね?」
私の顔を見ながら優しく微笑む。今までに見た事のない甘さのある微笑みで私の鼓動がドクン、と大きく跳ねた。
良くよく考えて見れば、大人になってからは二人きりで会った事もなかった。瑛ちゃんの手隙の時に御飯を食べに行っても、兄が同席していたり、二人きりで行ったとしても、周りには知らない人も居た為に完全な二人きりなど無い。完全なる二人きりは初めてで、次第に恥ずかしくなってしまった。
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