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「陽菜乃がさ、疲れてるみたいだから時間の許す限りは話を聞くよ?」
「……つ、疲れてないから大丈夫!」
「そぉ? 俺にはストレスが溜まってそうに見えるよ?」
瑛ちゃんが急に手を伸ばして、私の頭をゆっくりと撫でた。鼓動がもっと早くなり、私は俯く。頭を撫でられたのは何年ぶりだったのか思い出せないが、その当時は子供だったから意識もしなかった。現在はお互いに大人な年齢だから変に意識もしてしまう。
「……それはね、お兄と初音さんが結婚したから実家住みの私は肩身が狭いのと、常連のお客様からお見合いを勧められたりするから」
俯いたまま、ボソボソと小さな声で事情を話す。
「それで? 陽菜乃はお見合いするの?」
「……し、しないよ! 生憎、父にはお見合いの話が伝わってないから無効だよ。嫌だよ、どこの誰かも知らない人とお見合いなんてしたくない!」
「うん、俺もお見合い結婚は乗り気じゃない。陽菜乃が他の誰かと結婚するのも、俺以外の誰かと付き合うのも嫌だ」
撫でられていた手が背中に回されて、ぎゅうっと力強く抱き締められる。瑛ちゃんの温もりが、鼓動が身近に感じられる。
「俺と結婚、しようか……?」
耳元で囁かれた言葉。聞き間違えだろうか? また、いつもの冗談だろうか?
三ヶ月前に瑛ちゃんと再会するまでは、オンラインでの会話かメールでのやり取りをしていた。
瑛ちゃんが研修医を経てからの数年後に海外の有名な病院で働くと決まった時、私はただ呆然としたが、涙は出なかった。私は幼なじみの妹だから優しくされているだけだと分かっていたから寂しくはあったが、それ以上は望まない様にしていたからだ。
遠くに居る瑛ちゃんの声が聞ければ嬉しいし、寂しくは無かった。瑛ちゃんが傍に居ない数年間、本気で好きになれる人も現れず、帰国すると聞かされた時には嬉しくて涙が零れ落ちた。瑛ちゃんが離れてから、初めて流した涙の粒。
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