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「…聴いてて貰えますか?」
「うん、是非」
ピアノを準備する彼に頷きながら、僕は近くの椅子に座った。
何だかこうして2人で音楽室にいるのも久しぶりな気がする。
これも今日で最後。
最後か、なんてそう思うと溜息が出そうになる。
彼の持つ才能は誰に劣ることもない。
これから、ずっと遠くに行ってしまうのが、喜ぶべきなんだろうけれど寂しい。
このまま僕の為だけにピアノを弾いてくれたら…とか、思ってしまったけど駄目だ、と思って頭を振った。
「先生?」
「あ、うん!」
「弾いてもいいですか?」
「うん」
微笑みながら頷くと、芹澤くんは真剣な面持ちでピアノに向かう。
そういえば楽譜が無いけれど、何の曲を弾くのだろうか。
いつも弾いていた曲だろうか、なんてぼんやりと考えていると、聞き馴染みのある曲が聞こえた。
僕が作った曲。
リナリアによく似た、けれど違う、僕がつい昨日まで必死で書いていた曲。
ああ、気づいてくれたんだ。
まず思ったのはそれで、その次に幸せな気持ちが押し寄せてくる。
僕のイメージ通り、彼は1音も落とさず綺麗に弾いてくれる。
丁寧で透き通った綺麗な音。
少し聴いていない間にもっともっと腕を上げていた。
上手いな、ずっと聴いていたい。
僕は目を瞑って、彼の音に集中した。
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