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 もしかしたら変更するかなと思っていたけど、そんなこともなくあっという間に4月がやってきた。  新年度が始まって1週間、彼との最初の授業だった。  お昼休みが終わってすぐの授業で、僕は昼はピアノを弾いていることが多くて今日もそうだった。  頭に浮かんだフレーズを思うままに音にする。  僕は作曲が好きだ。  教師の傍らで顔は出さず、偽名を使って作曲家としても活動している。  最近のJPOPからピアノ曲まで、書きたいと思ったものを書いて世に出している。  最後の音の鍵盤に指を置いて、音が奏でられると拍手が聞こえる。  僕はびっくりして拍手の聞こえる方を見た。 「あ…ごめんね、集中しちゃってて」 「いえ、お上手でした」  ドアのすぐそこで僕のピアノを聴いていたその生徒は、言わずもがな例のその子だ。  授業が始まるまでまだ10分もあるのに、もう音楽室に来るなんて熱心だなあ、なんて思いながら、どこでも座っていいよと着席を促す。  広い音楽室に僕と彼の2人だけ、というのは何だか少し寂しい光景だ。 「…初めましてではないけど、一応。蓮見(ハスミ) (カナデ)です」 「芹澤(セリサワ) 拓音(タクト)です」  僕はピアノに寄りかかりながら、席に座った芹澤くんに言った。  後ろの方の席だったからあまり顔をよく見た事はなかったけれど、かなり整った顔立ちだ。 「芹澤くんは何で音楽選択したの?」 「ピアニストになりたくて…音大に行きたいので」  ピアニスト、久しぶりに聞いたその響きにどこか懐かしさを感じた。 「いいね、ピアニスト。僕も昔目指してたよ」  小さく微笑みながら言うと、彼は落ち着いたようにそうなんですねと相槌を打った。  無愛想…は、言い過ぎだけど、あまり喋る方では無いのだろう。  
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