うりえる章:赤鞠7つばかり誤算

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 制服に着替えたあまねが居間に現れた。片手には文庫本。早朝でもばっちり目が覚めている様子だ。これから自分で朝食をつくって食べて、余裕たっぷりで登校するのだろう。 「うわ。またそんな朝食? 少なすぎだよ」  溜息まで吐いて、まるで母親みたいなことを云ってきた。 「そうか? 今日は多い方のつもりなんだが」 「痩せてるんだから、もっと食べないと!」 「贅沢は敵だ」 「戦時中みたいなことを云うんだねえ」 「贅沢する連中はつまり、幸福になろうとしているってことじゃないか」 「んー。来須さんは幸福になりたくないの?」 「幸福は、不幸に向かう準備段階だよ。幸福があるから、相対的に不幸な状態が生まれる」 「光があれば影ができるのと同じだねえ」 「幸福で居続けることは難しい。まず不可能と云っていいな。そして不幸に落ちたなら、そこから這い上がろうとするだろ? この浮き沈みを繰り返すか、不幸に沈んだまま力尽きるか。幸福追求型の生き方には二種類しかない。そんなのは疲れるだけだ」 「だけど来須さんこそ、いつも疲れてるじゃん」 「そりゃあ肉体は疲労するけど、心理的にはニュートラルな状態を保ってるんだよ」  朝からお喋りしてもいられない。空になったビスケットの袋とヨーグルトの容器を持って立ち上がる。あまねは「もう行っちゃうの?」と、非難するみたいに(たず)ねてくる。 「お前の生活費も稼がないといけないのでね」 「それはそれは。ありがとうございますう」  キッチンに移動した俺はゴミを捨てて歯磨きを始めるが、あまねの質問は止まない。 「ねえねえ、来須さんは誰かと結婚しないの? お嫁さんが来たらあまねを追い出す?」  何の心配をしているんだか。歯磨きを終えて口をゆすいでキッチンを出ながら答える。 「しないよ。あれこそ俺には、不幸に向かって突き進んでいるようにしか見えない。『幸せになろう』なんて云って馬鹿みたいだな」 「あはははっ。たしかにそうだね? あははははははっ」  変なツボに入ったらしいあまねが笑い続けているなか、俺は鞄を持って玄関へ。 「行ってらっしゃい、来須さん。あははははははははっ」
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