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最初のころは嫌で堪らなかった通勤にも、近ごろは何も感じなくなってきた。最寄り駅までは徒歩十五分。満員電車に二十分ほど揉まれて、降車駅のすぐ目の前に会社がある。
一昨年に新卒で入社した、業界大手の損害保険会社。国内だけでなく海外にも多くの支社があるけれど、配属されたのは本社の十階をフロアとする部署だった。俺は此処で、ひたすらに時間と体力を搾取され続けている。
・・・・
『学校であまねがどんなふうなのか、気になる?』
昨晩の質問を受けてというわけでもないが、昼休みに初めてあまねの通う花天月高校に行ってみることにした。午後に社外打合せがあるため、どうせ外出ついでだ。
最寄り駅で降り、オフィス街のなかを徒歩五分。狭い土地に二十階建ての校舎ビルと体育館とグラウンドと駐車場とが詰め込まれている。受付で生徒の保護者であることを告げて運転免許証を見せると、首から下げる〈来館者カード〉を渡された。
あまねが所属する二年アネモネ組の教室は十六階にあったが、覗いてみても彼女の姿はなかった。十名ほどの女子生徒の集団が廊下を歩いてきたので、声を掛けてみる。
「雫音あまねがどこにいるか知らないかな」
不審そうに俺を見るだけで誰も答えない。しかし彼女達もなかなか異様な佇まいだ。流行りのファッションなのか、みながメイドみたいなホワイトブリムを頭につけている。
「あまねの保護者だよ。届けたいものがあって来たんだ」
「へえ、貴方が?」
先頭の真ん中に立ち、ひときわ異彩を放っている女子が片眉を吊り上げた。
彼女だけはホワイトブリムでなく、位置が高めの長いツインテールの付け根にそれぞれ、赤色のレースで大きな薔薇を象った髪飾りをつけている。髪は鴉の羽みたく真っ黒で、両の瞳も同じ色。肌は抜けるように白く、唇は赤く映えている。スタイルも良いし、えらく大人びた顔立ちだ。
「私を紹介して」
彼女の言葉に、右隣に立つ巻き髪の女子が「はい!」と応じた。真ん中の女子を両手で示して、誇らしげに説明する。
「このかたこそ、宇奈赤鞠様であらせられます。お前みたいな下賤の者が赤鞠様のお姿をその目に映していることが、どれだけ栄えあることか理解していますか?」
「下賤では足りないわ」
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