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世界は『恋』に溢れている。
ときめきと希望に満ちたその話を聞いているだけで、胸いっぱいになってしまうほどに。
そして私たち魔法使いにとっては、胸だけじゃなくお腹もいっぱいになる。
何の話かと思うだろうけど、本当のことだ。魔法使いが実在することも、私たちが『恋』でお腹いっぱいになることも。正確には魔法を使うための魔力がいっぱいになるのだけど。
何でも、人間の様々な感情が私たちの魔力に変わるのだとか。その中でも、『恋』は摂取するときの味が極上なのだ。確かに、募る想いを憧れていた相手に告げて受け入れて貰えた人の感情は、まるで最高級レストランの逸品のように美味だった。
そんな感情が、学校の放課後には溢れている。体育館に、校庭に、図書室に、たくさんの教室に。
そこで日々繰り広げられる色々な人の恋模様をほんの少しお裾分けして貰うだけで、私……「槇 ひなた」の魔力は潤うのだ。
他の魔法使い達は恋してる人に近づいたり、恋人を作ろうとしたり積極的だ。だけど私はそれほど行動力はない。いわゆる陰キャの私は、人と話すのは苦手だ。まして友達でもない人からコイバナを聞き出すなんて不可能に近い。
だから『ちょっと聞くだけ』にしている。
下校時刻間近の空き教室を見て回るのは、私の日課だ。人気のない場所では、誰かが人に聞かれたくない話をしている。胸の内に秘めた淡い恋のお話だとか。
断っておくけど、盗み聞きして回ってるんじゃない。そういう場所にあるモノを仕込んでおいて、『恋』のパワーを吸わせてると言えばいいか。もちろん盗聴器なんかじゃなくて……
「あったあった。うん、甘そう♪」
仕込んでいるモノとは、種も仕掛けもない、キャンディ。友達で集まってのガールズトーク、カップルが人目を忍んで語らってる話、まさかと思う人物による告白……そういった人々の『恋』の目撃者となったこのキャンディには甘い甘い恋心がたっぷり詰まるのだ。
それを各教室に仕込んでおいて、下校前に回収して回る。なんとも楽ちんで確実な摂取方法だ。
ただ、そういう『恋』が集まる場所を回るのだから、リスクだってある。ふいに、女の子の声が聞こえてきた。
「あの、早乙女先輩……好きです!」
こういう、不意打ちの告白に遭遇してしまうこともあるのだ。
慌てて教卓に隠れた。声は、廊下から聞こえてくる。ほぼ通りかかる人なんていないとはいえ、随分大胆な人だ。
まぁ、相手が相手だからかもしれない。
女の子が告白している相手……早乙女先輩というのは、有名人だから。容姿はアイドル並み、文武両道に長け、性格は温厚……神様から貰い過ぎている人だ。
当然モテる。彼に好感を持ってない女子なんて見つからないというくらい、モテる。
そんな早乙女先輩が、つい先日、彼女と別れて『解禁』状態になったと噂が広まった。
だから次にお眼鏡に適うのはいったい誰なのか、皆が注目している。私も、つい気になってしまう。果たして、先輩の答えは……?
「ごめん、俺のことを好きな子とは当分付き合わないから」
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