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今、なんて言った? 考えている間に、廊下からは温あの子のすすり泣く声が聞こえてくる。
「じゃあ、もう用事は済んだよね」
早乙女先輩はスタスタ歩いて行く。女の子が走り去るのも構わずに、逆方向へ。かと思うと、足音がなんだか近寄ってきた。
「おい」
「うわ!」
突然、美ボイスと美顔が降ってきた。噂の、早乙女先輩だ。
「ど、どうも……」
「今の、聞いてたな?」
「何も聞いてません!」
「聞いただけ。怒ってないから」
「聞いてました」
「素直でよろしい」
先輩は憮然としながらそう言うと、何故か教卓の隣に腰を下ろした。
「ちょっと愚痴聞いて」
「え、なんで?」
「盗み聞きした罰だ」
「勝手に告白が始まったんですけど……?」
「俺さぁ……モテるんだよね」
こっちの話は無視で、なんだか腹立つ語りが始まった。だけど悔しいことに、ため息交じりの横顔もまた、見惚れる美しさだ。その美しい唇から紡ぎ出された言葉は……
「モテ過ぎて、疲れた」
「はぁ?」
先輩相手に、思わず荒い声を上げてしまった。でも先輩は予想済みだったようだ。
「嫌味なこと言ってる自覚はある。いいから聞いてくれ」
「はぁ」
「モテるのは、今に始まったことじゃない。幼稚園の頃からずっと、女の子が寄ってきていた……皆優しいし、ちやほやされて悪い気はしなかった。だけど大きくなるにつれて変わってきた。男は避けていくし、女の目はぎらついてくるし、常に視線を感じるようになって……孤立してるのに監視されてるような不気味な気分だった」
「はぁ、それはまぁ……」
確かに、歩くだけで目立つだろう。先輩が近くを歩いてるというだけで飛んでいく人もいるぐらいだ。
だけど当の本人がそれを受け入れられるかと言うと、難しいのかもしれない。人から注目されたことのない私には想像もつかない苦労だけど。
「だけど一つだけいいこともあった。可愛いと思っていた子が、告白してくれたことだ。正直これほどモテて良かったと思ったことはなかった。だけど……すぐに後悔した」
「ど、どうしたんですか?」
「すぐにフラれた……何でだと思う?」
私はふるふる首を横に振った。まったく想像できない。告白した方から、こんな美男をフるなんて。
早乙女先輩は、ひときわ大きく深いため息を吐きだして、呟いた。
「『モテ過ぎて不安になる。いつ乗り換えられちゃうか心配して、他の子に嫉妬してる生活に耐えられない』……だそうだ」
「うわぁ」
「もう疲れたんだよ。ジロジロ見られるだけならともかく、フラれる原因にまでなるなら、もうモテたくなんかない!」
1から10まで、友達すらろくにいない私には想像し得ないことだ。はっきり言って、贅沢すぎて腹立つ……。
だけど、目の前の先輩の沈痛な面持ちを見れば、どれほどショックだったかはわかる。
だからつい、柄にもないことを口走ってしまった。
「何とか、してあげましょうか?」
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