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はっと押さえようとしたときには既に小さな手がそれを掴んでいた。
「良太開けて! ちょっと出てきて!」
風のように取って返した郁が陽当たりの悪い玄関ドアを激しく叩く。ようやく追いついた杏が少年の肩を捕まえたのと、中から青年が姿を現したのは同時のことだった。
「郁に……杏? どうしたの、忘れ物?」
「そうなの忘れ物! はい、杏からだよ!」
「あっ待っ……」
杏の伸ばした手も空しく、それ――暗赤色の紙袋は郁から良太の手に渡った。小首を傾げつつも受け取った紙袋の中を覗きこんだ青年は大きく目を見張った。透明の袋に入れられた焼き菓子。ワイヤータイできゅっと縛られた口に唯一飾りらしい飾りがついている。赤い小さなハート型のタグが。
「これって……」
「ぼく知ってるよ! パウンドケーキ!」
「……杏、あの」
無邪気ににこにこ楽しそうな顔と、驚き半分期待半分の顔が杏を振り返る。長い前髪の奥で双眸がきらきらと輝き出している。青年の周りに今にも小花が咲き乱れそう。
厚みの薄くなったトートを抱き締め、杏は顔を背けた。
「――だからその、忘れ物。……チョコはないって、言ったでしょ」
「杏!」
視界の横から何か伸びてきた。それが何かを考える間も無く引き寄せられ、気づいたときには捕らえられていた。
背に回された両腕と、細い髪がさらさらと頬を撫でる感触で我に返った杏は思わず悲鳴を上げた。
「ちょっと! 離して! 郁もいるんだから」
「じゃあ郁もおいで」
杏を捕まえたまま良太が腕を広げる。弾ける笑顔で胸に飛びこんできた少年ごと抱き締めると、「ねぇ」と良太は顔を上げた。
「折角だしみんなで食べようよ。お茶淹れ直すよ」
「でも郁は宿題が……」
「ここでしていけばいいよ。俺も見てあげられるし」
「それがいい! ねっいいでしょ杏?」
制止の声が掛かる前にわぁいと郁が部屋に飛びこんだ。こういうときは早い者勝ちだということを彼はよく知っている。
めまぐるしい展開についていけない。言葉に詰まり身動きが取れないでいる杏を良太が再び抱き締めた。
「本当にありがとう。お返しは三倍返しだよね」
「……知らない! もう、いつまでくっついてるのよ! 離して」
「うん、もうちょっと」
耳元で聞こえる青年のくすくす笑う声に何も考えられなくなる。郁が戻ってくるかもしれないし見られるかもしれない。そもそも誰が通りかかるかもわからないのに早く離れてくれないとすごく困るのだ。良太が動いてくれない限り自分からは動けないのだもの。困る、困る……。
「杏。大好きだよ」
了
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