忘れ物はリボンをかけて

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 学業に不要なものを持ってくるなというのもわかるけれど、 「なんでもダメダメ言われると寂しいね。俺が学生の頃は下駄箱とかロッカーに山のように入ってたけどなぁ。女子にはお返しは三倍返しって言われたりね」 「すごい! 良太、モテたんだ!」 「いや、俺じゃなくてクラスメイトの話だけどね……」  義理でしかもらったことないよと、良太はこれまたいつもの笑顔を見せた。尊敬の眼差しを送っていた少年はなぁんだと後ろの壁にもたれる。こっそり息をついた杏は「そんなことだろうと思った」と目を半眼にした。 「ねぇねぇ」  郁の手が杏の服の裾を引っ張った。見上げてくるその双眸は再びキラキラ輝いていた。 「杏はチョコあげたことある?」  今度は叔母をターゲットにしたらしい。まっすぐ寄せられた期待に杏はすげなく否を告げた。そういうイベントとはずっと無縁で来ている。 「でも今日はあげるでしょ? もうあげた?」 「はぁ? なに言って……」 「すきな人にすきですって言う日なんだよね。杏と良太は両思いだけど、両思いの人もチョコあげるってテレビで言ってたもん。ぼく外に出てようか」 「なっ……大人をからかうんじゃないの!」  裾を掴んでいた小さな手を外し、その額を軽く叩いた。そうして何気なく視線を横にずらした杏は息を止めた。  青年が、甥っ子以上に目を輝かせている。周りに小花と音符を振りまき、一緒に〝わくわく〟という文字まで見える気がする。実際、彼の表情にも透けているのがよくわかるし、これは、明らかに、期待されている……。 「……ちょ、チョコは、ないからね」 「えっ義理チョコもなし? ねぇ杏」  前傾姿勢で迫る青年に杏の身体が引けた。がたんと揺れた拍子に卓上の紙袋が倒れ中身がこぼれる。先ほど見たパステルピンクの巾着包みのカードが目に飛びこんできた。幼い文字で書かれた、まっすぐな想いが。  その瞬間かぁっと頬が熱を帯びた。 「な、ないったらない! お菓子業界の陰謀には乗らない主義なの。馬鹿馬鹿しい。貰った方だってお返しだのなんだの面倒でしょ!? それなら始めから何もしないのが一番」  勢いよくまくし立てた杏に始めこそ驚いていた良太は、そのうちに「杏らしいね」と微苦笑を浮かべた。ふにゃりと笑み崩れた表情はいつも通りといえばそれまでだ。けれど――。  杏はすっと立ち上がると台所の椅子にかけてあった二人分のコートとマフラーを手にした。 「郁、支度して。帰るよ」 「えっもう!?」 「明日も学校でしょ。宿題もあるし、お母さん赤ちゃんのお世話で大変だから、早く帰ってお手伝いしてあげなきゃね。それじゃ良太、またね。郁を預かってくれてありがと」  部屋の主の返事は聞かない。藍色のランドセルと自分のトートを抱え、杏はさっさと部屋を後にした。
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