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「ちょっと! 一体なんなのそれ」
ドアが開くと同時に怒声が響く。部屋の住人がはっと顔色を変えたのと、カツンと甲高いヒールの音が響き渡ったのもまた同時のことだった。
玄関先にあるのは肩を怒らせ仁王立ちで佇む美女の姿。薄い冬日に縁取られた波打つ髪が冷たい風に吹かれている。逆光の中でその瞳はらんらんと輝き、ふたりをきつく睨みつけていた。
青年は口の中のものを飲みこみながら慌てて立ち上がった。
「あー……杏、早かったね。最近忙しいって言ってたから、もうちょっと時間かかるかと思ってたよ」
「早く来たらまずかった? 待たせちゃ悪いと思って急いで来たんだけど。迷惑だったってこと」
「そんな、迷惑なんて。杏まだかなーって今も話してたところだし。ね、郁?」
精一杯の笑みでもって彼女を出迎えていた青年はそこでくるりと奥を振り返った。話を振られると思っていなかった少年は一瞬目を見張り、両手で口許を覆ったままこくこく頷く。そのぎこちない仕草からして彼の口内にはまだ何かが入っているようだ。聞かずとも部屋いっぱいに漂うこの甘ったるい香りが答えだとわかっているのだけれど。虫歯の元だからとあまり食べさせてこなかったあれだ。
トートバッグを握る手の平に爪が食いこんでいく。自分のいない間にこそこそやる根性が気に入らない。
怒りのままに口を開こうとした瞬間、杏の視界が遮られた。郁との間に青年が割りこんでいた。
「ほら、笑顔笑顔」
長い前髪の奥で青年の目元がふっと綻んだ。周りで幾つもの小花が咲いたような錯覚を起こす、彼お得意の笑顔である。こんなふうに微笑まれば、どんな不機嫌な人だってたちまち毒気を抜かれてしまう。
杏は大輪の花が綻ぶようににっこりと笑み返した。それからやさしく声を投げかけた。
「もう一度聞くね」
――そう、声音だけは優しかった。
問題をすり替えてはいけない。今問い詰めるべきは郁の食べているものではなくて、
「そんなにたくさんのチョコレート、一体誰から貰ったの? ……本当のこと言わないと怒るよ良太」
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