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「それ、裏地の色ちゃいますか?」
物干しに架けられている布を見上げて、萬吉は思わず素っ頓狂な声をあげた。
浅葱色に段染めにされた麻生地が、広い屋敷の「干し場」で風に揺れている。相当な量に、まるで青空を引きおろして広げたようだった。
目の醒めるような色の海を見回していると、藍師である父が腕を組んで麻布を見上げた。
「上洛した壬生の浪士たちの隊服や。揃いの羽織を作んねんて」
後身頃には白抜きの「誠」の字。萬吉は眉を顰めた。
「お世話にも『粋』や言えへんなあ」
京の流行は紺色だ。おまけに、こんなだんだら模様は歌舞伎俳優が舞台で着るくらいなものだった。
「麻は洗うと色落ちしやすいし、生地もしわしわになりますえ」
「ええやないか」
ぶつぶつと蘊蓄を語る萬吉を、父はひと言で制した。
「金のない武士は、紋付の裏地を浅葱色にしとるものや。あの連中はいつでも死ぬ覚悟でいる気概があんのや」
父は「あんたも覚悟見せや」と苦味を残し、先月に作り付けした蓼藍の世話に行ってしまった。
その足音が聞こえなくなると、萬吉は小さく舌打ちした。「誠」の字を睨みつけ、それに背を向けた。
文久3年4月7日。萬吉が二十歳になった日のことだった。
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