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蝉の声が蒸し暑さを増長させる。
「蒅の世話、手伝わせてもらえますか」
七月に収穫した蓼藍は、発酵と熟成を繰り返して可溶化させ、染料にすることができる。
堆肥状の染料を『蒅』と呼ぶが、蓼藍を収穫して三ヶ月世話してようやく出来上がるのだ。
藍師の父は、他の雇人と共に、水打ちをしながら竹竿で攪拌する「切り返し」をしているところだった。父は手を止め、肩越しに萬吉を見た。
「今日は、行かんでええのか」
「ええのです」
土方に言われたことを、父に伝えた。走ってもいないのに、なぜだか、息切れしていた。
父は「そうか」とだけ返事して作業を続けた。
「なんで驚かへんのですか」
萬吉は責めるように言った。この憤りの出処を確かめる術はなかった。
父は手を止めた。萬吉を見た目は穏やかだった。
「何が起きても、仕事をやめん覚悟があるからや」
父の返事は、萬吉の脳裏に斎藤の様子を思い起こさせた。
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