浅葱色に染まる

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 平助と共に壬生寺に行くと、これまでになかった明るい雰囲気で沸き立っていた。  抜刀する必要はなかったとのこと、羽織に血の跡はなかったのが萬吉にとって幸いだった。  ふと、片隅で稽古に励んでいる斎藤の姿が萬吉の目に入った。いつも通りの静かな瞳。  萬吉は火のしの炭を片すと、斎藤の羽織を手に、彼に近づいた。斎藤は早々に気づいて、手にしていた太い木刀を下ろして待ってくれた。 「変な話、しますけど」  萬吉は少し離れた所で足を止めて、言った。 「小さい時、他の色も染めたいと思て、藍の甕に朱の岩絵具を放ったことがあります」  唐突な話にも、斎藤は黙って見つめ返した。萬吉は拳を握りしめた。食い込んだ爪をそのままにしながら続けた。 「今考えたら、えらい大変な悪戯や。なんでか、怒られまへんでしたけど、『紅色はあかんのや』て諭されて。無性に腹が立ちました」 「............」 「絵はええのに、庶民が纏うものの色をなんで制限されなあかんのやろ思て」  賑やかな声は遠くに聞こえていた。特に平助の明るい声だけ抽出されたように萬吉の耳に響いた。 「世の中に振り回されてるのに、なんでいつも穏やかなんですか。うちの親父や斎藤はんは、それなりに生きてはるけど、世の中から切り取られてるように見えます」  斎藤は萬吉の理不尽な憤りに触れて、小さく頷いた。いつもは閉まったままの口を小さく開ける。 「覚悟を、決めている。願いは叶わないこともある。が、ここで、会津の下で、近藤先生の下で、自分のやるべきことをやる、と。俺は感情に振り回されないと、決めている」  小さくて低い声で、斎藤は訥々(とつとつ)と話した。  
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