浅葱色に染まる

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 大和屋が焼き討ちに遭ったのはその晩のことだった。   「えらいことになったな」  大和屋といえば生糸の買い占めをしており、お陰で反物の値段が暴騰していた。庶民はもちろん、紺屋にとっても敵のような存在だ。 ーー壬生浪がやったんやと。  巷ではすぐに噂になった。 「芹沢はんやろ」  焼き討ちの理由は、攘夷派の天誅(てんちゅう)組に多額の資金を貸したものの、浪士組には貸さなかったためだと、平助から聞いた。  庶民の間ではいい気味だと思っていたものも少なからずいたが、京都守護に当たっていた松平容保にとっては、そうはいかない。  近藤と土方が頭を寄せ合って何か相談する様子を横目に、萬吉は不穏な空気を感じた。  ここでも何処でもそうだ。京都に集まった腕利きの剣士たちが、攘夷だ、佐幕だと言いつつ、各々の考えをもって足掻いている。  その中にはただ腕を試したいだけの者もいるし、近藤のように武士としての理想を追う者、元水戸藩で、評判の悪い『天狗党』にいた芹沢のように、派を鞍替えして生き延びる者など様々だった。 ーー何色にも染まりたくない。  萬吉は紺屋に戻り、深い深い藍色を干し場で見上げながら思った。 ーーただの平凡な日常でええのに。
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