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それから僕らは他愛のない話をしながら、抱き合っていた。一分一秒を惜しむように、真陽は僕に話をねだった。幼少期のこと、家族のこと、学校生活のこと。そして、将来のこと。
「朔くんは、これから何がしたい?」
たくさん話をしたあとで、不意に彼女がそんなことを尋ねてきた。
「……分からないな」
僕は正直に答えた。はっきりとした未来の展望は、まだ何も思い浮かばなかったからだ。何より、彼女がいない未来を一秒だって想像したくなかった。真陽は「だよねぇ」と、間延びした相槌を打つ。
「私はね、世界中のいろんな場所に行きたいな」
「……うん」
「それでね、美味しい物も沢山食べたい。あと綺麗な景色とかも見たいよね。あ、クルーズ船で世界一周とかも楽しそう」
「うん」
相槌を返す僕の声は、自分でも分かるほどに震えていた。真陽は「あとね」と、更に話を続けようとする。僕は堪らず彼女の体を抱き締めた。
「……やっぱり泣いてるじゃん」
同じように震える声が、耳元から聞こえる。叶うなら、自然の摂理に逆らって、彼女ごとこの瞬間に閉じ込めてしまいたかった。それが無理なら、このまま彼女の命と共に、何もかも消えてしまえばいいのに。そんな欲望が僕を支配していく。でも、現実はそんなに甘くなかった。
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