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「ああ、目覚めたんだ。大丈夫?」
「...っ...!...え....、」
「ごめんごめん、驚かせるつもりはなかったんだけど。はいこれ、お茶」
....ここはどこだろう。
黒を基調とした落ち着いたインテリアに、綺麗に片付いた部屋。
一体何が起きたんだと自分の身を案じながらも不躾に部屋を見回していると、部屋の奥から知らない男が現れた。
暁はそんな男を見て驚いたように体を震わせるが、それでも動揺を悟られまいとすぐに手渡された茶を受け取り口元に運ぶ。
混乱と緊張で手が震えるのが、妙に鬱陶しかった。
「...あの、俺...、...というか貴方は...」
「ああ、もしかして何も覚えてない?」
「...へ?」
「てかその反応だと、もしかして俺のことも覚えてなかったりする?」
男はそう言って物悲しげな表情を浮かべる。
しかし覚えているかどうかと聞かれても、暁は男の名前も顔も知っていることなど何一つない。
あからさまに狼狽える暁の姿を見て、男はまた困ったように笑う。
そして灰色掛かった瞳を真っ直ぐに向け、静かに口を開いた。
「俺、沖田真耶。....なんか改めて自己紹介するのすごい悲しいけど、一応暁の恋人だからさ」
「...沖田さん....、って......、え!?」
「やっぱ覚えてないのか。もう付き合って2年くらい経つんだけどな」
沖田の衝撃的過ぎる発言に、暁は開いた口が塞がらない。
...恋人?しかも2年も付き合っている?
綺麗さっぱりと抜け落ちている記憶に、何かの冗談かとその顔を窺うが、やはり沖田は悲しそうに笑うだけでそこに嘘は見えない。
そもそも自分にそんな嘘をつくメリットもない。
少し体をずらしてみればずきりと痛む頭を働かせ、暁はいまいちど昨日自身に何があったのかと記憶を探る。
昨日は、久々に仕事帰りに中学時代からの友人に会って遅くまで酒を飲んだ。
状況が曖昧ではあるがかなり酔っていて、なんとか終電に乗って自宅の最寄り駅まで帰ってきた記憶はある。
「...あ、」
そうだ。
そこでたしか、階段から落ちたんだ。
何故落ちたのかはわからない。
しかしあれだけ酔っていたわけだから、よっぽど足でも踏み外したんだろう。
とにかく自分は、今目の前にいる「恋人」と名乗る男に助けられたことだけは事実なようだった。
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