02_沖田という男

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「...沖田さん、...ごめん、あんま片付いてないけど。上がって」 「お邪魔します」 連絡をしたすぐ後、沖田からは暁の家に行きたいと返信があった。 何で家を知ってるんだと一瞬懐疑的な気持ちにもなるが、2年も付き合ってるならお互いの家だって行き来しているだろうし何らおかしいことはない。 そもそも暁が階段から落ちて倒れていたところを発見したのも、沖田が心配して家に来ようとしてくれたからだ。 沖田がいてくれなかったら、暁は今頃凍え死んでいたかもしれない。 普段あまり家に人を呼ばない暁は、久々な気のする来客に少しばかり緊張した。 「....暁の部屋..、」 「...え?」 「いや、なんでも。最近暁仕事忙しかったから、来るの久々だなって思って。相変わらず物少ないよね」 「...ああ、たしかに。帰って寝るくらいしかしてないし」 暁の部屋は一人暮らしでは一般的な1Kの間取りで、居住スペースも沖田の部屋と比べるとかなり狭い。 自ずと腰を落ち着ける先はベッドの上となり、ひとまずそこに座ってもらうことにした。 「...沖田さんコーヒーでいい?砂糖いる?」 「うん、ありがとう。砂糖はいつも入れてないからいらない。暁もそうでしょ」 「あ、うん。そっか。覚えとこ、俺と一緒か」 こんな些細なやり取りでも気を遣ってしまう。 きっと以前は沖田の好き嫌いも性格も良く知っていて、それこそいろいろな思い出もあったはずだ。 そんなことを何一つ覚えていない自分自身が不甲斐なくて、ホットコーヒーを作りながらぼんやりと手元を見つめた。 「...暁、大丈夫?」 「...っ...、...あ、うん。ごめん、ぼーっとしてた」 「コーヒー俺淹れるから、暁は向こうでゆっくりしてて。一応怪我もしてるんだし」 キッチンにいた暁の元に沖田はやってきて、気遣いの言葉を掛けてくれる。 どこまで優しいんだと少し高い位置にある沖田の目に視線を合わせれば、嬉しそうに微笑まれた。 怪我と言っても骨折や打撲なんてものは何一つなく、肩と手にかすり傷ができた程度だ。 それにもかかわらずこうして心配して家にまで来てくれて、恋人のことを忘れるという人としてあってはならない状況にある暁にここまで優しくしてくれる沖田は、やはりできた人間なんだろう。 「沖田さん、俺...思い出せなくてごめんね」 「もうその話はいいって。とにかく異常も無かったんだし良かったよ」 入れたばかりのコーヒーを手渡してもらい口を付ければ、いつもの安いインスタントコーヒーの味にどこか安心もする。 沖田も暁の隣に腰を落ち着けるので、無意識に視線が向いた。 「...ほんと、無事でよかった」 「...沖田さん..」 沖田にどれほどの心配を掛けてしまったのか、その表情を見れば一目瞭然だった。 一言紡がれた言葉をしみじみと噛み締めて、暁は心の中で静かに決意を固める。 「...あの、俺....まだ思い出せなくて不安もあるし、沖田さんに気遣わせちゃうこともあるだろうけど、沖田さんとの関係は今まで通り続けていきたいと思ってるから、....これからもよろしくね」 意を決してそれだけ伝えて、今度は暁のほうから腕を広げて見せる。 きっと以前まで、この行為は当たり前のようにやっていたはずだ。 これが最大限の暁の誠意の見せ方で、そして沖田との関係性の意思表明でもあった。 「...嬉しい。...好き、大好きだよ、暁」 抱き締められる前に見えた沖田の表情は、今まで見た中で一番幸せそうに見えた。
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