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「...あー、疲れた。」
時刻は午後7時半。
つい最近まであった繁忙期と比べたら、かなり早い帰宅だ。
会社の最寄駅で電車を待っていれば、ふいに胸ポケットに入れていたスマホが震える。
ディスプレイに表示されているのは数字の羅列で、もしかして友人だろうかと迷うことなく電話に出た。
「もしもし?荒井ですけど...」
『暁!?...うわ、良かった〜無事だったか!』
「え、...坂口?」
『うん、坂口!お前急に連絡取れなくなるから焦ったわ!』
連絡を寄越してきたのは中学時代からの親友である坂口で、聞けば暁の実家から連絡があり慌てて電話をしたとのことだった。
実家の電話番号だけは頭の中に入っていた暁は、携帯番号を新しく取得したその日に親に連絡を入れていた。
スマートフォンの状況から見ても今の暁が誰とも連絡が取れない状態になっているのではと心配した両親が、坂口に一報入れてくれたらしい。
色々なところで心配を掛けてしまっていることを改めて反省しつつ、未だに興奮した様子で話している坂口の話をうんうんと聞いた。
『で、なに。頭打ったんでしょ?大丈夫だったわけ?病院行ったってとこまではおばさんから聞いたけど』
「ああ、うん。それはなんも異常なし。ただ少し記憶飛んでるところあって...」
『は?それ大丈夫じゃねぇだろ、なんだよ記憶飛ぶって』
坂口の問いかけに、暁自身も聞きたいこともあったため電車を見送りホームのベンチに腰を落ち着ける。
「...その記憶飛んだって話、...沖田さんとのことなんだけど」
『は?沖田?誰それ』
「....え?」
てっきり親友である坂口には、自分の口から沖田との関係を伝えていると思っていた。
付き合っていることも、馴れ初めも、それこそ惚気話も....。
しかしながら返ってきた反応は訝しげなもので、暁はますます混乱した。
「ほら、高校一緒だった...」
『....ああ、3組の?沖田....沖田、しんや?とか言ったっけ?大人しい感じの』
「うん、そうそう。その人」
『あいつがどうしたの?すげぇ久々に名前聞いたけど』
この様子からするに、俺は坂口には沖田との関係を一切話していなかったことが窺える。
今まで坂口には割と何でも話してきていたと自負してしていたからこそ、暁は混乱した。
それに思い返してみれば、坂口と話している時に沖田との関係を話した記憶も暁自身にはない。
....やはり、沖田の記憶だけがすっぽりと抜け落ちてしまっているんだろうか。
「ごめん、何でもない。とりあえず俺は大丈夫だから。坂口の番号も登録しとくしさ、今度またゆっくり飲みにでも行こ」
『え、それすげぇ気になるじゃん。...まあいいや、じゃあまた声掛けるから!次は酔い潰れない程度に飲もうな』
「はは、うん。そうだね。電話ありがと」
釈然としない気持ちのまま坂口との通話を切り、ちょうどやってきた電車に乗り込む。
...何かがおかしい。
窓の外を流れる街の明かりをぼんやりと眺めながら、暁はもやもやとした気持ちにそっと蓋をした。
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