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やっとの思いで洗濯物を取り込み終え、いざ窓を閉めようとした時、暁はベランダの端に見覚えのあるものを見つけた。
───錨草だ。
沖田の家で見たものが、そして沖田が好きだと言っていたものがうちにもあった。
それだけで嬉しい気持ちになり、腰を屈めてその花に見入った。
...偶然、だろうか。
「ちょっと暁、せっかく暖房入れてるんだから窓早く締めなさい...ってあんた、そんなとこで何やってるのよ」
「...いや、これ」
「ああ。それ高校の時あんたが持って帰ってきたんでしょ?たしか学校の人からもらったとか言って」
「え、そうだっけ...」
母親の言葉に暁は驚く。
それと同時に、暁の中の古い記憶が薄らと蘇った。
───これ、....これだけは、荒井くんに渡したくて。
....僕、荒井くんのことが───
「....え、」
何故、今まで忘れていたんだろう。
たしかにこの花は、高校の時に違うクラスの男子生徒からもらったものだ。
結局彼が言い掛けた言葉が最後まで紡がれることはなかったが、それでもこの花だけは手渡された。
その時は特に気になど留めていなかったが、あれはもしかして....。
暁は自身の記憶を確かめるように、足早に自室へと向かう。
そして部屋の隅に置かれた埃を被った本棚から高校時代の卒業アルバムを取り出した。
───沖田、....沖田 真耶...、
はやる気持ちを抑えて、ページを1枚ずつ捲っていく。
「...いた...」
3年3組のクラス写真。
そこにはたしかに「沖田真耶」の名前と写真があった。
ただ写っているのは現在の沖田とは思えないほど垢抜けていない姿で、長い前髪で隠された顔は殆ど窺い見ることはできない。
しかし、暁は間違いなくこの生徒から『錨草』を受け取っている。
この時から沖田は自分のことを想っていたのではないか。
それでは何故このことを話してくれなかったんだろうか。
そんなことを考えつつも、今の今までこの件を忘れていたという後ろめたさもある。
今言えるのは、沖田の自分に対する愛が紛れもない「本物」だということ。
そして、生半可な気持ちで自分の傍にいるわけじゃないということ。
ただそれだけだった。
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