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「海、きらきら光ってるね」
「うん。気に入った?周りはな~んにも無いけどね」
「素敵なところだと思う!」
きらきら輝く海に負けないほどの笑顔を汐里は樹に向けた。
「夜はさぁ、月が出てれば海に反射して、それもまたキレイだよ」
樹は、この近くに宿泊して夜の海も見たことがあるらしい。
「いいなぁ~、いつか見てみたいなぁ」
そう言いながら、汐里の心の中では複雑な思いが交錯していた。
夜の海は、樹は誰かと見たことがあるのだろうか。
この近くに宿泊したというのは、誰となのだろう。
聞きたいが、聞くのも怖い。
何より、自分は彼女でもないし、そもそも樹とつき合っているわけではないのだ。
何度告白しても樹は良い返事をくれない。
だが悪い返事もくれないので、今このような中途半端な状態になっているのではあるのだが。
「しおりんが大人になったら、いつかまた連れてきてあげるよ」
樹はそう言って柔らかい微笑みを浮かべた。
しかし、その頃には樹はまた誰かと恋仲になっているのかもしれない。
正直なところ、そんなふうに考えるだけで胸が張り裂けそうだ。
自分は相変わらずお子ちゃま扱いをされたまま、樹はどんどん遠くに行ってしまうのではないか。
未来がどうなるかによって、今日ここへ連れてきてもらったことがかえってつらい思い出になるのかもしれない。
胸の奥がよじれるような気持ちになりつつ、汐里は樹の方を見た。
「私ね、もうすぐ誕生日なの」
「え?うん、知ってるよ。八月十一日だろ?」
急に汐里が話を変えたので、樹は少し面食らって答えた。
その日は汐里の誕生日を一緒にバーでお祝いする計画も立てているのだ。
忘れるはずがない。
「そう。あのね、あのね……」
「どうした?」
汐里は、切ない表情で何か言いたそうに樹の方を見てはいたが、そのまま言葉を飲み込んで俯いた。
「ううん、覚えててくれてありがとう」
汐里の目の端が光ったように見えた。
樹は意味も分からずにいたが、胸の奥がチクッとしたような気がした。
だが汐里が背を向けてしまったので確認することは出来なかった。
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