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会社を辞める
旅立ちの話、してもいいかな……
そう書き始めた時、ハッと気付くものがあった。
このタイトルと書き出しって、なんか拠所無い事情による暗くて辛い話みたいだね……
うぅん、違うの。これはまだ、ボクが二十代半ばだったころの話。今後の行く末を期待するでもなく杞憂するでもない、ただ毎日生きていることが新鮮に思われていた頃の出来事なのである。
当時ボクが働いていた職場、それは中小企業の工場だった。そこでは年度末になると、なぜかいつも極端に忙しかったのを記憶している。
残業が月間百時間を超えることもあり、月例給より残業手当てのほうが多いことには笑えた。
でもそれなりにやり甲斐もあり、職場の雰囲気も良かったので、忙しいことは全然苦では無かった。しかし程なくしてボクは、この工場を辞めることにした。
その理由は、職場に労働組合が結成され、ボクはその中心に巻き込まれ、消耗しきってしまったからだった。
そもそもの話なのだが、ボクという人間は何かの組織に縛られるのを嫌う性格だった。
一言で括ると、会社という組織に仕方なく属しているのに、更に労働組合という反対勢力に縛られるのが嫌だったのだ。そこでもっともらしいことを言わなければならない、それが嫌で嫌で、本当に肌に合わなかったのである。
だから「真っ平ごめん」とばかりに、逃亡を企てることにしたのだ。
いま淡々とこれを書いているが、暫くは会社を辞めることに対し、ウジウジと悩み続けていたのを記憶している。ボクは職場仲間に対して「裏切り者」となってしまうではないか、って……
会社を辞めるには、もっともらしい理由が必要である。単なる好き嫌いを、会社を辞める理由にはしたくなかった。
そしてボクは思いついた。
「しばらく放浪の旅に出たいので、会社を辞めます」
いま考えると全然もっともらしい理由じゃないのだが、当時はどうもヒロイックな気分に浸りきっていたようだ。強い信念というものは、やはり人の心を動かす。
そしてボクは、逃亡計画を実行した。
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