(1)三十路のロンリーバースデー

2/2
前へ
/147ページ
次へ
「374万か……」  通帳の残高を見つめて溜め息を吐く。  結婚資金と称して二人で貯めてきたお金は、彼に好きな人が出来たからなんて理由で、30目前で破局した可哀想な女へのお詫びなのか、慰謝料代わりに私が全額受け取ることになった。 「こんなに貯まってたんだ」  お互いに元々これといった趣味なんてなかったし、休日は二人でゆっくり本を読んで過ごしたりするのが心地よかった。  思えばデートらしいデートなんて、この2年半で何回あっただろうか。  私と居ると楽だなんて酷い言葉、そこに愛情が無くなってるって考えなくてもすぐに分かるはずなのに、居心地が良いに書き換えて、気付かないフリをして現実から目を背けてたのは私。  彼とは婚約してたとか、大恋愛と呼ぶほど激しいロマンスがあったわけじゃない。だけどそれでも、友人としてなら充分仲のいい関係を築けてたんだと思う。  だから好きな人が出来たなんて、まだ始まってもいない恋に夢中だと聞かされた時も、弟の相談に乗ってるような感覚でいることが少し可笑しくて、頑張れって言えた自分が悲しかった。 「結局、恋すらサボってバチが当たったのかな」  好きだとかそんな気持ちは、わざわざ口に出さなくても分かり合えてると思おうとしてた。  一緒に居るのが楽なんて言葉が緊張感を薄めさせて、手を抜くことが自然体で居ることだと思い込んでたんじゃないだろうか。 (私がダメだったんだろうな)  可愛いワンピースなんていつから着てないだろう。  別れた彼氏とはあまり背格好が変わらなかったから、お洒落なヒールもサンダルも、いつからか履くのをやめた。私も楽で居たかったんだろうか。 『奏多は本当に男前だなあ、カッコいいね』  彼氏に言われる度に複雑な気持ちになったのも事実。だから髪だって伸ばした。  別に守ってあげたいとか思われたいわけじゃないし、幸せにして欲しいんじゃなくて、一緒に幸せを掴んでいきたい。  そう思ってたけど、結局彼が選んだのは恋人の浮気を匂わせて、先輩しか頼れなくてなんて彼女持ちの男に、恋愛相談をして来るような歳下であざとい女の子。 「恋……恋かぁ」  燃えるような恋とか、会った瞬間にビビッと来るとか、そんなのは私の人生とは無関係なんだろう。  思えば別れた彼氏にだって、向こうから付き合って欲しいと言われて、私でいいならと頷いただけだった。
/147ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2094人が本棚に入れています
本棚に追加