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12月12日
千切られたピンクは、足下に落ちる間もなく風に乗って去って行く。
「ちょっとしおれてるけど、花瓶に挿せば何日か持つんじゃない?」
手向けられた花束に、眉を寄せる。甘い匂いが鼻につく。商品の香り付けよりマシだが、甘いものは甘い。
「やる」
「でも、わざわざ買ったんでしょ?もったいないよ」
お前、ワザとか??
たとえ見切り品の花束を押しつけられるように渡されたとしても、花束は花束だ。バラはバラだ。
花屋のもったいない精神にのっかって本心を明かさぬ己にも非はあるが、嫌なら嫌だと拒絶して欲しい。
私は要らない、の一言で。
まばたきが増える瞳を、じっと見つめる。
嫌悪というより、戸惑いか。都合の良いように解釈したくなるから、恋はいけない。
「花屋のおばちゃんに押しつけられたようなもんじゃ。うちには花瓶も無いしの」
「うちにもないけど...」
「事務所にあるじゃろ。あれでええ」
同僚が聞けば笑うだろう。自分が職場に、花束なんて。
職場のことなら自分ですればいいのに、社長の娘をこき使っている。外で働く彼女は、部外者だ。
ズルいな。ズルいわ。話の筋がまるで通ってない。
たまたま立ち止まった花屋で、押しの強いおばさんに、しおれかけの花を買わされました。ついでに、面白い話を聞けたのをいいことに。帰り道の貴女に会ったのをいいことに。
やめよう。ばりカッコ悪い。
「わかった。いくらしたの?」
肩に掛けた鞄の中を漁り始める。
「んなもん、ええわ」
「でも、こんなに大きいのに...」
12本。満開の時期は過ぎても、抱えているだけで華やかさがある。
これを自分が抱えて商店街を歩いてきたと思うと、今更ながら恥ずかしい。
「月末金欠になったら、経費で落としちゃる」
「またそんな」
もちろん冗談だ。自分が譲らないのを見て、彼女は渋々鞄から手を抜いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「...おう」
「でも、せっかく買ったんだから、1本は持って帰ったら?」
花束から抜き出された1本は、当然のようにいちばん状態が良く、花も大きかった。
お前、ホンマにワザとやないんじゃの??
ダズン・ローズデー
「今日買うなら12本よ。恋人や奥さんに送るなら尚更」
「んなもん、おらん」
「相手、何色が好きそう?」
「...ピンク」
「はいはい。今日はね、愛する人に12本のバラを送る日なの。いい日でしょ?」
「くだらん」
「受け取った女性は、気に入った1本を男性に返すの。ロマンチックよね」
「どうだか」
「安くするから、頑張ってね。今年上手くいったら、来年はうちで予約して頂戴。綺麗なの、準備するから」
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