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12月15日
バスは窓際。流れる街並みを食い入るように見つめて、自分の世界に入る。
瓦屋根の日本家屋が続く。
こいつ、こんなとこ知ってたんだ。全然好みじゃないくせに。
ツアー客の年齢層は、自分達の親世代。マダム達からお菓子をもらってご満悦の優男から、意識を引き剥がす。
へえ、これが元カノの好み。
手渡された封筒の中身は、観光バスの乗車券だった。
「別れたはいいけど、キャンセル料がもったいなくて。こういうの、好きでしょ?」
「まあ」
っていうか、いたんだ、彼女。
おともだちだから、関係ない。単なる仲良しこよしなら。
でも、私達はちがう。
彼女がいたってことは、期間が被ってるってことよね。
知りすぎている。お互いに。文字通りの意味で、体の隅々まで。
共犯なのでサイテーとは言えなくて、胸が焼けるのをそのままに酒を煽った。
「いいよ、行こう」
騒々しいテーマパークより、酒造や伝統工芸を見守る方が好き。眩しい夜景に圧倒されるより、潮風に当たりながら真っ暗になった海を見下ろす方が好き。
「どうだった?」
ようやくマダムから解放された友人のシャツは、くたびれていた。
「楽しかったよ」
「よかった」
差し出されたグラスを遠慮無く受け取り、闇を見つめる。この距離でも波と音を感じられるのだから、面白い。
「でもすぐ自分の世界に入っちゃうんだもんなあ。ズルいよ」
「よく言う。日本酒は美味かったし、お姉さん達は優しかったでしょ?」
「母さんより年上だったんだけど?」
不機嫌を気取って、唇をすぼめる。お子ちゃまな彼には、テーマパークの方がよく似合う。
「つまらなかった?」
「楽しかったけど、次来るのは30年後でいいかも」
「だろうね」
30年経っても、彼は若者ぶったおじさんをしていそうだ。ダンディではなく、お子ちゃまなおじさん。
「何笑ってるの」
「別に」
30年後、私の方はどうなのだろう。彼との関係は?何らかの形で、ひと区切りはついていそう。
結婚?誰と?でも、こいつならやりかねない。私の知らない誰かと突然に、なんて。
横顔をうかがう。まっすぐ、海を眺める横顔。やっぱりチューハイくらいがいいなとでも、言いたげな顔。
所詮、こんなものだ。どんなに欲しがって手を伸ばしたって、届きやしない。最終手段の肉体関係も、いつまで効くのかわからない。
かすんできた視界を、慌てて誤魔化した。
「お前の元カノ、随分硬派だったんだな」
どうか。
「あー...でしょ?」
どうか溢れませんように。
「似合わないこと、したりするから」
「...うん」
気付かれませんように。
観光バス記念日
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