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12月16日
時期のせいか、時間のせいか。街全体が、どこか浮かれ気味だ。
中心部から外れて街灯が減ってくるこの住宅街も、例外ではないらしい。
「今日は先輩に会えてよかったです」
「そうか」
前を歩く女性が、鼻歌を口ずさみながら足取り軽く家路を急ぐからだ。
「先輩と飲んだの、久しぶりだったし」
「そうだな」
丁字路手前で、追いついた。街灯に照らされた横顔は、柔らかく笑んでいるだけだった。
「いっぱい愚痴聞いてもらっちゃった」
「そうかな」
「そうですよ」
前の職場の懐かしい名前が会話の中に散らばっていたが、共通の話題だからと気にしなかった。
「よくやってると思うよ。後任をきみに任せて正解だった」
残業帰りだろうか。スピードを上げた車が、目の前を通り過ぎた。
今度こそはと、1歩を踏み出す。
「先輩だったらどうするかなって、考えるんです」
「別に俺のやり方に拘らなくても」
「それが私のやり方なんです」
100メートルも進まないうちに、また彼女の方が前を歩いていた。スキップでもしているみたいに、足取りは軽やかだ。
「そうか」
「そうです」
2分もしないうちに、目的地が見えた。コンクリート打ちのアパートには、2,3の明りが灯っている。
「出張中で忙しい中、ありがとうございました。先輩、大人だから」
「そうか」
振られたことを蒸し返すのは大人のやり方ではないけれど、そんな相手との食事を断らなかったのは大人だと思う。
「本社に戻るの、明日なんですよね」
「ああ」
学生風情の男性が、物珍しそうな目で2人を見てアパートに入っていった。バイト帰りだろうか。
「私は会議が入っているので、お見送りには出られないんですけど」
「いいよ、そんな」
だから今夜誘ったのだし。
今更、言葉にはしなかった。自分はただ、可愛い後輩を案じているだけ。
「おやすみなさい。また」
「ああ。また」
小さく手を振りながら、アパートの中に消えていく。
ひとつ明りが増えるまで、夜空を見上げていた。
もう、会いたいのは俺だけ。声を聞きたいのも俺だけ。
用意していたプライベート用の電話番号のメモを、ポケットの中で握り潰した。
電話創業の日
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