3人が本棚に入れています
本棚に追加
12月3日
ポップな恋愛歌が、手元で鳴った。
「佐々本さん、電話あ」
わかってるって!!
鳴りっぱなしの携帯片手に、デスクを離れる。
おかげさまで黒電話や初期設定の着信音とは区別がついて、わかりやすいのだけど。
「もしもし母さん?仕事中にかけてこないでって、言ってるでしょ?」
「そう言いながらトモちゃんは出てくれるじゃない?」
どうせ、昼休みの時間帯は韓ドラの視聴に忙しいんでしょ。
「それで?腰の方は大丈夫なの?」
「そんなのとっくに治ってるわよ。それより聞いてよ、父さんたら」
廊下に出たとはいえ、人目もある。適当に見切りをつけて、「上司が呼んでる」を発動せねば。
「そう?お正月は、トモの好きな唐揚げ、たくさん作ろうと思ってるから」
「うん、ありがと。ちゃんと帰るから、今日はもう切るね」
最後は、強引に。
疲れた。
あの人だって外で働いていたはずなのに、どうしてわかってくれないんだろう。
さらにサイアクなのは、目の前をムカつく同期が歩いていたこと。
「仕事中にママとお喋りなんて、お気楽じゃねえか」
「~~~っ!!」
今日の会議は、いつになく空気が重い。大事な企画を詰めているので、仕方ない。
張り詰めた空気を切り裂いたのは、
「佐々本さん」
ポップな恋愛歌だった。
「す...すみません」
冷ややかな視線が突き刺さる。通知を切っていなかった私が悪いので、当然だ。
(えーっ...)
さらに相手が母であるので、後ろめたさが増幅する。
電源を切って、頭を下げるしかなかった。
「いいのか、出なくて」
気遣ってくれたのは、上司ではなかった。
「大丈夫」
真剣な眼差しを向けられると、反応に困る。しかも相手が、天敵なので。
「お母さん、だったんだろ」
昨日の嘲笑とは打って変わって、心配しているかのような物言いだ。
「まあ...」
どうせ父さんの愚痴なので、そんなことで会議を止めるわけにはいかない。
「えっ、佐々本さん、お母さん大変だったの?」
隣に座っていた先輩がかなり戸惑った様子で尋ねてきたので、否定する言葉を見つけられなかった。
「何かあったのかも知れないから、出てあげて」
上司は、黙ったままの私に助け船を出したつもりなのだろう。彼が母親を亡くしたばかりだというのも、功を奏した。
...とりあえず、セーフ?
「しっ、失礼します!」
逃げるように会議室を後にした。
結局、父の愚痴を聞いて戻ると、会議はとっくに終わっていた。上司には、いつかのぎっくり腰を言い訳に使った。
「なにこれ」
休憩所の自販機で、いちばん高いコーヒーだ。
なんでこんなやつのために。とはいえ、助かったのも事実で。
「お礼とかじゃないから。アンタに貸しを作るのが嫌なだけだから」
「ほう」
いいやつ、と鼻歌まじりにキャップを開ける。
「楽しませてもらってし、儲けものだね」
「!!!」
うん美味しい、ではない。
こいつがヒロインを思いやるヒーローなわけがないのだ。つまり、困惑する私を見て楽しんでいただけというわけだ。
「サイテー!!」
お仕事中は、携帯の電源を落としておこうと決意した。
着うたの日
(そういうことなら、コーヒー返しなさいよ!)
(間接キスになるけど?)
(弁償に決まってるでしょ!?)
最初のコメントを投稿しよう!