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12月7日
手を繋いだ男女が目の前を通る度、スマホの電源を入れたくなる。
どんなに厳しい寒気がやってこようと、好きな人と温め合うようにして非日常の町を歩く。
特に初日の今日は、人手が多い。虫かと問いたくなるほどに、街路は人で溢れている。
いつもの帰り道が、知らない場所のようだ。
人の間を縫って歩くのが苦手なので、イルミネーションの時期は回り道をして帰る。今日だって、そのつもりだった。
「...ばか」
吐く息が、白い。
1ヶ月ぶりに彼から連絡があったのは、昼休み中のことだった。
『〇〇のイルミネーションって、会社の近くだよね?』
食べかけのランチを余所に、スマホの画面を見つめる。2分前の通知。
仕事人間の彼が自ら連絡を寄越してくるなんて、珍しい。期待と疑問を抑えながら、返信する。
『そうだよ。どしたの?』
『昼に入った店でニュースしてて、そっかなーって』
なんだ。そういう。口に入れた冷やご飯の味が、しなくなる。
頭に浮かんだ街路樹は、電飾コードを巻き付けられた格好で昼間も堂々と立っていた。
心が冷えていく。せっかく連絡をくれたと思えば、こんなかよ。
『せっかくだし、見てみようか』
「えっ」
思わず漏れ出た声に、周囲の数人が振り向いた。そんなこと、気にしていられない。
『今日、空いてる?』
ラッキーなことに、今日は定時退社日だった。仮に仕事が残っていても、後回しにして退社するだろう。
現に、緊急で入った案件をのらりくらりとかわして、後輩に押しつけてしまった。
それなのに。
マフラーで口元を覆って、息を吐く。あまりの温かさに、涙が出そうだ。
かれこれ、2時間近く彼を待っている。
メッセージを送った。電話だってした。でも、どれも繋がらない。
仕事でデートがドタキャンになることはあっても、律儀に連絡はくれる彼のことだ。何か、不幸があったらどうしよう。
かじかんだ手で、15分ぶりに電話を操作する。耳に当てると、コール音が鳴っている。
喧騒の中、耳を澄ます。コール音を数えながら、辺りを見回す。
私だけだ、こんなの。ひとり突っ立って、不安そうに誰かを待っているなんて。
5回目で、コール音が途切れた。誰かが、電話を取ったのだ。
顔を上げると、見覚えのある横顔が前を通り過ぎた。隣に、男性を引き連れている。
先輩である私の事なんて気付くことなく、幸福と開放感に満ちた様子で笑っている。
「もしも~し」
耳元で聞こえたのは、間延びした挨拶だった。明らかに、酒が入っている。
耳元から電話を離す。どうしてだろう、すごく悔しい。
垂れ下がった左手の中では、酔っ払いの声がしている。
クリスマスツリーの日
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