第0話 ドライヤーはおれに任せろ

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第0話 ドライヤーはおれに任せろ

「こら。意地なんか張らずおれに任せろ。おいで。……海遊(みゆ)」  なんで。こんなことになってしまったのか。超絶イケメン上司と同棲し、毎晩――風呂上がりに髪をドライヤーで乾かして貰う日々。  おとなしく海遊がドレッサーの前に座ると、上司は海遊の背後に立ち、美容師のように慣れた手つきでドライヤーを手にして微笑んだ。 「うし。……お楽しみの時間と行こう。おれは、おまえの髪を乾かすのが大好きなんだ」――どきん。本当のことを伝えたらあなたは軽蔑するでしょうか? 海遊は思う。本当はわたし……わたしだって。  ぶおーん、と勢いよくドライヤーの風が舞う。勢いが強すぎて、ドレッサーのうえにあったキャンディの包み紙が飛んでしまうくらいに。おっと、と言って上司は拾って、すぐそこにあるごみ箱に捨てた。ついでにとなのか。ドレッサーのうえに置いてあったヘアオイルを手に取ると手のひらに塗りたくり、続いて、一瞬のためらいもなく、海遊の髪に頭皮に塗り込む。――ああ。  こんなにも幸せなのかと。誰かに大切にされることは……。  涙が出そうになるのを堪えるのが精いっぱいだった。こうして海遊と上司の尊い、ナイトルーティーンが今夜も始まる。  *
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